
野球の打者のスイングと眼球、頭部の動きの相互関係
本日は、脳科学とは少し違いますが、私は眼球運動にも興味があり、面白い文献だったのでご紹介します。
野球のスイングは、スポーツの中で最も難しいスキルの1つであると考えられていますが、スイング能力が優れていることに加えて、動体視力や眼球運動などの知覚も優れていることが必要であると科学的に証明されつつあります。
本日、紹介する論文は野球の打者のスイングと眼球、頭部の動きの相互関係について示された論文の紹介です。
タイトル:Head-eye movement of collegiate baseball batters during fastball hitting |
著者:Takatoshi Higuchi, Tomoyuki Nagami, Hiroki Nakata, Kazuyuki Kanosue |
雑誌:PLoS ONE 2018: 13(7); 1-15 |
背景の紹介
野球、テニス、クリケットなどの一部のスポーツでは、プレーヤーはボールの軌道とバット(ラケット)スイングを時間的および空間的な精度を一致させる必要があります。その中でも、野球は丸いバットでボールを打つことは、スポーツにおける最も難しいスキルの1つであると考えられています。その1つの理由が、プロ野球の打者で、成功率(打率)3割であっても「エリートプレイヤー」に分類されるためです。打者のボールの見方に関する戦略を明確にすることは、野球打者の打撃性能の理解に役立つことが考えられます。
野球打者に関する研究は多々あります。例えば、経験豊富な打者の眼球運動は、投手のWind-up期はボールのリリースポイントを予測し、その点を凝視していることがわかっています。その後、ボールをリリースされてから約150ms後に固視点が移動することがわかっています。また、ある野球選手の動体視力を調べたところ、網膜上の動的像の知覚だけでなく、水平方向の眼球運動の速度が優れていたことがわかっています。
しかし、ボールを打とうとしたとき、打者の知覚スキル(動体視力や眼球運動)が、バットスイングの動きとどのように相互作用するかはよくわかっていません。
本研究の目的
野球の打者がボールを打つときの頭部と眼球の水平方向の動きを定量化し、視覚戦略を調べることです。
方法
被験者
6名の大学野球選手(3名は右利き、3名は左利き)
平均年齢、身長、体重はそれぞれ20.7±1.5歳、1.79±0.05m、78.0±5.7kg
野球経験は11.3±1.4年
課題
被験者はスピードの異なる2種類のボールを10回ずつ打ちました。
ボールのスピードは、115kmと145kmでした。
2種類のボールを打つ順序はランダム化され、10回連続で同じスピードのボールを打ちました。
課題中に眼電図を使用して、水平方向の眼球運動を測定しました。また、ボール、バットおよび頭部の動きは2つの高速ビデオカメラで記録しました。
結果
遅いボールの速さは543±5.6ミリ秒、速いボールの速さは451.3±3.6ミリ秒でした。
遅いボールと速いボールでのボールとバットの接触の瞬間のボールの中心の位置を図1と2のAで示しています。
各被験者の課題時の眼球と頭部の平均方向を図1と2のBで示しています。


ここからわかることは、バットスイングを開始までは頭部と眼球はボールと同じ方向に動きましたが、バットスイングを開始すると、頭部と眼球の動きのパターンの違いがより明確になりました。
次に、打者の視点からのボールの推定位置と、θeyeとθheadの角度の合計の違いを図1と2のCに示します。
被験者がバットスイングを開始するまで、空間的な目の方向(図3の「θeye+θhead」)と打者の視点からのボールの位置(図3の「ボール」)の差は比較的小さい事がわかりました。

また、 参加者A、B、およびCは、ボールがバットに接触する前にボールを追跡しながら頭の動きを止め、参加者D、E、およびFは追跡方向に向かって頭部を回し続けました。
次にボールがリリースされてからベースに到着するまでを4期間(I-40 = 21–40%, I-60 = 41–60%, I-80 = 61–80%, I-100 = 81–100%)に分けて、4つの期間中の眼球と頭部の動きの平均水平角度を図4に示しています。

遅いボールのときは、I-80のときの頭部の水平角速度がI-40のときよりも有意に速いことがわかりました。
速いボールのときは、I-80のときの頭部の水平角速度はI-40およびI-60のときよりも有意に速いことがわかりました。
これらの結果から何が言えるのか?
打者がスイングをするときに頭部の追跡運動は速くなったが、眼球の追跡運動には変化がないことがわかりました。また、打者の観点からは、ボールが打者に近づくにつれて頭部の水平方向の角度変位の割合が増加しますが、頭部の水平角速度の有意な増加は、遅いボールと早いボールの両方でI-80期間にのみ見られました。対照的に、4つの期間中に眼球の角速度に有意な差は観察されませんでした。これらの結果は、頭に対する目の位置が頭の方向ほど速く変化しなかったことを示しています。したがって、打者が頭部の動きと実質的な眼球の動きなしで飛んでいるボールを追跡することを示唆しています。つまり、広範囲のサッカードまたは眼球運動を伴う従来の視覚トレーニングは、野球の打撃で使用される視覚戦略の特性を反映していない可能性があります。
人間は目の中心の参照フレームに基づいて動きを調整します。野球の打撃では、ボールの初期位置は、視覚情報を使用して得られる打者の眼球中心座標で決定されます。眼球中心座標で投げられたボールの位置に基づいて、ボールと打者の空間的関係は、頭部、体幹、および関節の中心座標で決定されます。眼球の位置の変化が大きいほど、他の座標も変化してしまいます。そのため、眼球の位置の過度の変化は、打者とボール間の新しい空間的関係を決定する必要があり、過度の情報処理によって打者がボールを凡打する可能性を高める可能性があることが考えられます。
参考文献
・Shank MD, Haywood KM. Eye movements while viewing a baseball pitch. Percept Motor Skills. 1987; 64:1191–1197. |
・Takeuchi T, Inomata K. Visual search strategies and decision making in baseball batting. Percept Motor Skills. 2009; 108:971–980. |
・Uchida Y, Kudoh D, Murakami A, Honda M, Kitazawa S. Origins of superior dynamic Visual Acuity in baseball players us due to superior tracking abilities. PLoS ONE. 2012; 7(2): e31530 |