医療従事者・研究者用ノート / 一般向けノート

妊婦高血圧症候群は脳に影響を与える

妊婦中毒症(現在は妊婦高血圧症候群)は妊婦の3~5%に発生する全身症候群です。これは、高血圧とタンパク尿が特徴の症候群ですが、後年に心血管や認知障害を引き起こす可能性があることが最近の研究でわかってきました。本日紹介する論文は、周産期高血圧が脳(脳の機能的結合)に影響を与える可能性があるという論文を紹介します。

タイトル:Effects of perinatal blood pressure on maternal brain functional connectivity

著者:Hiromichi Kurosaki, Katsutoshi Nakahata, Tomohiro Donishi, Michihisa Shiro, Kazuhiko Ino, Masaki Terada, Tomoyuki Kawamata and Yoshiki Kaneoke

雑誌:PLoS ONE. 2018;13(8):1-17

研究の背景

妊婦の高血圧障害は、妊婦の最も一般的な医学的合併症です。妊婦高血圧症候群は高血圧とタンパク尿が特徴です。また、タンパク尿のない妊婦高血圧であっても糖尿病や心血管障害や認知障害などの合併症を引き起こす可能性があり、妊産婦死亡の約10%は妊婦高血圧症候群によって起こることが報告されています1)。また、妊婦高血圧症候群は頭痛、悪心、嘔吐、視覚障害などの神経学的および脳血管症状の影響を受けやすいと報告されています2)

妊婦高血圧症候群の長期的な認知の変化に焦点を当てた研究では、妊婦高血圧症候群の既往歴がある女性は、後年に認知機能障害を発症する傾向があることが報告されています3)。また、MRIの研究で妊婦高血圧症候群は前頭皮質下領域が関与することが示唆されているが、その根底にあるメカニズムは明らかではありません4,5)

本研究の目的

本研究は妊婦高血圧症候群の有無に関係なく、妊娠中の高血圧自体が脳の機能的結合に影響を及ぼす可能性があるという仮説を立て、この仮説を検証することとした。

方法

・妊婦高血圧症候群と診断された21人の妊婦と健常な16人の妊婦を対象とした。

・妊婦高血圧症候群の基準は、妊娠20週以降で高血圧が収縮期血圧140mmHg、拡張期血圧90mmHg以上とした。タンパク尿は300mg/24hとした。タンパク尿が存在しない場合は以下のいずれかの症状がある場合に妊婦高血圧症候群と診断した。:血小板減少症、腎不全、肝機能障害、肺水腫、脳および視覚症状。

・MRI撮像は出産後10日以内に実施した。妊婦のMRI撮像は禁忌ではありませんが6)、妊婦への負担を考慮して分娩前には実施しなかった。もし、分娩後に血圧が正常範囲に減少しても脳への影響は分娩後数週間は持続すると想定した。

結果

・妊娠高血圧症候群グループは健常者グループと比較して左中眼窩前頭回(ブロードマン10野)と右中眼窩前頭回(ブロードマン46野)の脳活動が低下していることがわかりました(図1)。

図1:妊娠高血圧症候群グループと健常者グループでの脳活動の比較

・図2は左中眼窩前頭回(図2A)、右中眼窩前頭回(図2B)の脳活動と血圧の相関を示しています。2つの領域の脳活動と血圧の間には有意な負の相関が認められました。縦軸:脳活動、横軸:血圧、黒丸:健常者、白丸:妊娠高血圧症候群

図2:脳活動と血圧間の相関

まとめ

・妊娠中の高血圧は前頭葉(特に左右中眼窩前頭回)に影響を与えることがわかりました。この結果は、妊娠高血圧症候群のみに起こることではないことが示唆されました。その理由として、図2から健常者であっても前頭葉の脳活動と血圧の間に負の相関が認められたからです。すなわち、健常者であっても血圧が高ければ脳活動が低下するということです。

・妊娠高血圧症候群では、血圧の大幅の上昇が脳の自己調節機能の障害を引き起こすことが知られています7)。通常では、脳血流が著しく損なわれると、神経血管連関が増加します8)。神経血管連関とは、神経活動による栄養支援の増加であり、神経活動の活性化により局所的に脳血流量を増加させる極めて巧みな調節機構です。これにより、活性化した脳部位に必要な血液(酸素、糖)を供給することが可能です。しかし、妊娠高血圧症候群ではこれらの機能が低下し、必要な脳領域に血液を供給できないことが考えられます。その結果、認知障害などさまざまな症状を引き起こすことが考えられます。

参考文献

  1. Report of the National High Blood Pressure Education Program Working Group on High Blood Pressure in Pregnancy. American journal of obstetrics and gynecology. 2000; 183(1):S1–s22.
  2. Hauser RA, Lacey DM, Knight MR. Hypertensive encephalopathy. Magnetic resonance imaging dem- onstration of reversible cortical and white matter lesions. Archives of neurology. 1988; 45(10):1078–83.
  3. Fields JA, Garovic VD, Mielke MM, Kantarci K, Jayachandran M, White WM, et al. Preeclampsia and cognitive impairment later in life. American journal of obstetrics and gynecology. 2017; 217(1):74 e1– e11.
  4. Soma-Pillay P, Suleman FE, Makin JD, Pattinson RC. Cerebral white matter lesions after pre-eclamp- sia. Pregnancy hypertension. 2017; 8:15–20. Epub.
  5. Wiegman MJ, Zeeman GG, Aukes AM, Bolte AC, Faas MM, Aarnoudse JG, et al. Regional distribution of cerebral white matter lesions years after preeclampsia and eclampsia. Obstet Gynecol. 2014; 123 (4):790–5.
  6. Committee Opinion No. 723: Guidelines for Diagnostic Imaging During Pregnancy and Lactation. Obstet Gynecol. 2017; 130(4):e210–e6.
  7. Cipolla MJ. Cerebrovascular function in pregnancy and eclampsia. Hypertension. 2007; 50(1):14–24. 
  8. Biswal BB, Kannurpatti SS. Resting-state functional connectivity in animal models: modulations by exsanguination. Methods in molecular biology (Clifton, NJ). 2009; 489:255–74

投稿者

kengo.brain.science@gmail.com

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2020年2月20日