
身体性疼痛障害の機能的結合
身体表現性障害という疾患があります。この疾患は、身体化障害、転換性障害、疼痛性障害、心気症など総称した症候群です。この症候群の中でも本日取り上げる症状は身体性疼痛障害(Persistent Somatoform Pain Disorder:PSPD)です。この障害は感覚、認知、感情に関連する広範囲の脳領域で異常な活動を示すことがわかっています。本日は疼痛関連領域に関する脳のネットワーク変化を紹介します。
タイトル:Aberrant Thalamic-Centered Functional Connectivity in Patients with Persistent Somatoform Pain Disorder.
著者:Xia Sun, Xiandi Pan, Kaiji Ni, Chenfeng Ji, Jiaxin Wu, Chao Yan and Yanli Luo
雑誌:Neuropsychiatric Disease and Treatment. 2020;16:273-281
研究の背景
身体性疼痛障害(Persistent Somatoform Pain Disorder:PSPD)は身体性障害の特殊なタイプとして知られています。この疾患の病因はまだ不明であるため、患者の生活状態に重大な影響を与え、有効な治療法はほとんどありません。
しかし、近年の脳画像研究の増加に伴い、神経学的PSPDのメカニズムは徐々に明らかになりつつあります。慢性疼痛性障害の患者の皮質の厚さは健常者と比較して薄いことが明らかになっています1)。
主に痛み処理や感覚処理に関連した左前中部、左後中部回、左下側頭回、右中前頭葉、下頭頂小葉、右前側頭回に限局されていました。また、認知課題中にPSPD患者は健常者と比較して、前頭前野や感覚処理に関連した領域(視床、島皮質、扁桃体、帯状皮質など)の活性化が減少していることがわかっています2)。しかし、PSPDの脳内ネットワークについてはほとんどわかっていません。
本研究では、解剖学的テンプレートから90個の関心領域を決定し、これらの領域の機能的結合を調べました。
方法
被験者
精神科医によってPSPDと診断された13名と健常者23名であった。
対象が以下の基準を満たした者とした
・国際疾病分類(ICD-10)の基準によりPSPDと診断された者
・PSPDと診断されて6カ月以上の者
・18歳から65歳の者
・右手優位の者
除外基準
・重度の疼痛症状がある者
・心血管疾患、脳血管疾患、てんかんなどの重度の体疾患のある者
・他の精神障害がある者
・妊娠の者
臨床評価
・Visual Analogue Scale(VAS)
VASは「0」は痛みがない、「10」は最悪の痛みとして痛みの強さを評価しました。
・Self-Rating Anxiety Scale (SAS)(自己評価不安スケール)
回答は「なし」から「いつも感じる」の4段階で評価されました。
・Self-Rating Depression Scale (SDS)(うつ性自己評価尺度)
MRI
・3.0 TeslaのMRIスキャナーを用いて撮像した。
・関心領域(ROI)の選択は解剖学的に広く使用されているアトラスから90個の領域を選択した。
・ROI-to-ROIですべてのボクセルの時系列を平均することにより、局所平均血中酸素レベル(BOLD)時系列を推定した。
結果
図1はPSPD患者のネットワークの強度を示しています。
PSPD患者は健常者と比較して左視床-右偏桃体、左視床―右海馬、左視床―後頭葉の複数の領域、両側紡錘状回の間で機能的結合は増加していました。しかし、左偏桃体と右被殻間の機能的結合は減少していました。

図2はPSPD患者の機能的結合の強度(左視床―右偏桃体)と臨床症状の関係を示しています。
左視床―右偏桃体の安静時機能的結合と自己評価不安スケール(SAS)のスコアとの間に強い負の相関が認められました(r=-0.61, p=0.03)。
しかし、その他の機能的結合の強度(図2の左)とVASスコアおよびうつ性自己評価尺度(SDS)スコアの間には有意な相関関係は認められませんでした。

まとめ
・この研究は、安静時機能的結合を使用してPSPD患者の脳全体の機能的結合を調べた。
・PSPD患者では健常者と比較して、多くの領域間の機能的結合が変化していることがわかりました。
・特に視床を中心とする異常な機能的結合が明らかになりました。以前の動物実験では視床核に作られた病変が神経障害性疼痛の症状を緩和する(疼痛を感じない)と報告されています3)。また、ヒトのMRI研究の1つでピン刺し痛と刺激下ストレスの研究では、視床の活性化が増加していることが報告されています4)。つまり、今回の結果で視床とその他の領域の機能的結合が強いことは痛みを感じやすくなっている可能性が高いことが示唆されます。
・視床は上行感覚経路の中継地であり、特に痛みや感情面では視床皮質路や視床大脳辺縁系路を介して大脳皮質や大脳辺縁系に中継されることが知られています5)。以前の研究では、慢性疼痛患者では健常者と比較して、視床がより大きな自発発火や過度な発火を引き起こすことが知られています6)。PSPD患者でも、視床の過度の自発発火や活動亢進によって引き起こされている可能性が考えられます。
・PSPD患者では、左偏桃体と右被殻の間に機能的結合の低下が認められました。偏桃体は快適や嫌悪な刺激の記憶に関連しているという報告があり7)、被殻は主に運動の調整やさまざまな種類の学習に関連しているという報告があります8)。また、266個の研究をビューした皮膚痛のfMRI研究では、被殻が慢性痛で一貫して活性化されたとの報告があります9)。2つの脳領域間の機能的結合の低下について考えられることは、痛みによって引き起こされる患者の否定的な経験や学習が被殻領域の神経細胞に変化が起こり、その後、偏桃体との結合性が低下することが考えられます。
参考文献
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