医療従事者・研究者用ノート / 一般向けノート

両手が異なる動きの運動学習

本日はあるテーマをいただいたのでそれについて書きたいと思います。

テーマ:「両手の異なる動作(ピアノなど)の運動学習はどのようにすれば早く上達できるのか?」

このテーマについて私が調べた範囲で述べたいと思います。

結論から言うと、非利き手から練習をした方が上達が早いのではないかと思います。

また、イメージトレーニングを併用することも効果的ではないかと思います。

この理由について以下に運動学習および脳科学的な見解を述べたいと思います。

両手が同じの動きと異なる動きの脳活動

両手で同じ動きをしても、違う動きをしても脳活動(活動部位)は変わらないと報告されています。具体的な活動部位としては、第一次運動野、背側運動前野、補足運動野、小脳、被殻が活動します1,2)(図1 左図:左右の異なる両手運動(ピアノ演奏)、右図:左右が同じ両手運動(タッピング運動))。

図1

ではなぜ左右別々の動きをするのが難しいのか?

答えは、交叉性教育と呼ばれる学習が関係しています。

これは、利き手である右手で獲得された運動が非利き手である左手においても再現可能であるという運動学習です。左右同じ動きを学習したい場合は利き手から練習を始めて、その後、非利き手を練習すれば早く学習が進みます。

しかし、左右違う動きを学習したい場合は、利き手から練習を始めてしまうと非利き手に交叉性教育がなされてしまうため、非利き手が利き手につられて同じ動きになってしまいます3,4)

さらに、右手の動きは左脳が支配しており、左手の動きは右脳が支配しています。両手を動かしているときは両脳の上記の脳部位が活動していますが、左右の脳は独立して活動しているわけではなく、左右脳を繋ぐ脳梁を介してお互いに信号を送っています5)。通常は利き手(多くの人は右手)を支配する左脳からの情報が、非利き手を支配する右脳からの情報よりも多く、右脳に情報が伝わります。これらから非利き手は利き手の影響を受けやすくなります(図2)。

図2

どうしたら左右別々の動きを習得できるのか?

これまでの見解から、左右違う動きを練習したい場合は非利き手から練習した方が効率的かつ学習が早く進むと考えられます。

ある研究では6)、ジョイスティックを使用した視覚課題を利き手群と非利き手群に分けて行わせ、脳活動を計測しました。結果はどちらのグループも運動関連領域(運動野、運動前野、補足運動野)、視覚領域(後頭葉)の活動が認められましたが、非利き手群の方が活動量が多いことがわかりました(図3)。また、運動技能は利き手群も非利き手群も練習していない手よりも練習した手の方が運動技能は当然ですが向上しました。しかし、その後、練習していない手で練習を行うと利き手群の方のみ交叉性教育がなされたと報告しています。

図3

しかし、非利き手から利き手への交叉性教育がまったくなされないのかというとそうではありません。ある非利き手から利き手への交叉性教育の神経メカニズムを調べた研究によると7)、ボタン押し運動課題を非利き手トレーニングあり群と非利き手トレーニングなし群に分け、その後の利き手への交叉性教育の移行精度と移行時間を調べ、脳活動を測定しました。結果は、移行精度と移行時間の運動能力はトレーニングなし群と比較してトレーニングあり群で有意に高いことがわかりました。また、補足運動野-視床-大脳基底核-小脳ループの皮質下および皮質運動ネットワークが活性化していることが明らかになりました。

イメージトレーニングの効果

スポーツなどではイメージトレーニングは効果的であり良く使われているトレーニングです。では、複雑な両手動作を必要とする音楽家、特にピアニストなどのイメージトレーニングは効果があるのでしょうか?

ある研究では8)、毎日2時間のピアノの練習をする群、毎日2時間のピアノを弾いているイメージトレーニングをする群、何もしない群の3群に分けて、5日間のトレーニングを行い、経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いて運動誘発電位の変化を調べました。結果は、最も皮質運動出力に変化があったのは実際にピアノを練習していた群でした。しかし、イメージトレーニングを行った群でも皮質運動出力は向上していたことがわかりました。

さらに、このイメージトレーニング群に対して、5日間のトレーニング終了後に実際に2時間ピアノのトレーニングを行いました。その結果、5日間ピアノの練習をする群と同程度の皮質運動出力が認められました。これらの結果は、トレーニングができない環境でもイメージトレーニングをしておくことによって実際にトレーニングを行ったときに学習効果が高まることを意味しています。

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感想(5件)

参考文献

  1. Tokgoz S, Aydogdu D, Ilhan B, Sahin Y, Bariseri N, Ozturkler BM and Çukur T. Musical mirror-symmetrical movement tasks: comparison of rhythm versus melody-playing. NeuroReport. 2020:1
  2. Haslinger B, Erhard P, Altenmuller E, Hennenlotter A, Schwaiger M, Einsiedel HG, Rummeny E, Conrad B and Ceballos-Baumann AO. Reduced Recruitment of Motor Association Areas During Bimanual Coordination in Concert Pianists. Human brain mapping. 2004;22(3):206-215.
  3. Deborah J. Serrien, Richard B. Ivry and Stephan P. Swinnen. Dynamics of hemispheric specialization and integration in the context of motor control. Nature Reviews Neuroscience. 2006;7(2):160-167.
  4. Swinnen SP and Wenderoth N. Two hands, one brain: cognitive neuroscience of bimanual skill. Trends Cogn Sci. 2004;8(1):18-25
  5. Aramaki Y et al. Neural correlates of the spontaneous phase transition during bimanual coordination. Cerebral Cortex. 2006;16(9):1338-48
  6. Kirby KMPillai SRCarmichael OT and Van Gemmert AWA. Brain functional differences in visuo-motor task adaptation between dominant and non-dominant hand training. Exp Brain Res. 2019; 3(12):3109-3121.
  7. Dohee J, Ji-Won P, Yun-Hee K and Hyun YJ. Neuroplastic and motor behavioral changes after intermanual transfer training of non-dominant hand: A prospective fMRI study. NeuroRehabilitation. 2019; 44(1):25-35.
  8. Pascual-Leone A. et al. Modulation of muscle responses evoked by transcranial magnetic stimulation during the acquisition of new fine motor skills. J Neurophysiol. 1995;74(3):1037-45.

投稿者

kengo.brain.science@gmail.com

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