医療従事者・研究者用ノート

視床性失語の回復には補足運動野が重要

補足運動野は運動実行だけでなく、音声制御にも関連しています。本日紹介する論文は、視床障害後に出現することがある視床性失語の回復には補足運動野が重要な役割を果たす可能性があると報告している論文を紹介します。

タイトル:The Supplementary Motor Area Responsible for Word Retrieval Decline After Acute Thalamic Stroke Revealed by Coupled SPECT and Near-Infrared Spectroscopy.

著者:Shigeru Obayashi

雑誌:Brain science. 2020

研究の背景

視床は感覚の中経路として有名ですが、認知機能や言語にも重要な役割を果たすことが明らかなっています1)。特に視床性失語は視床損傷後に時々出現し、その後多くはある程度は回復することが報告されています2)

しかし、視床損傷後に失語症が出現するメカニズムや回復するメカニズムは不明です。補足運動野は運動実行機能だけでなく、音声制御にも関連しています3,4)。補足運動野はfrontal aslant tract (FAT)と呼ばれる線維でブローカ野と繋がっており、言語の流暢さに関与しています5,6)。以前の報告では、脳卒中後の言語回復プロセスの初期段階では補足運動野の関与が示唆されています7)。また、老化による単語探索の困難さも補足運動野が関連していると報告されています8)

視床の腹外側核は主に補足運動野を含む6野、背内側核は補足運動野を含む8野、内側膝状核は41、42野(上側頭回)に投射され、主に言語処理に関連しています。

しかし、皮質下損傷によって引き起こされる認知機能の低下に焦点を当てた研究はほとんどありません。

単一光子放射断層撮影(SPECT)と機能的近赤外線分光法(f-NIRS)を用いて言語流暢性課題と組み合わせて使用し、前頭-小脳-視床ループを介した補足運動野の活動に対する脳幹病変の影響を調べた研究では、補足運動野が橋梗塞後の認知機能障害の予後を予測するのに重要であることが報告されています9)

本研究では、SPECTとf-NIRSを用いて

(1)視床障害による認知機能障害と言語機能障害の有無

(2)視床障害によって影響を受ける脳部位

(3)補足運動野の活動が急性期の脳卒中の影響を受け、認知機能や言語機能に関連しているかどうか

(4)このような関連が機能障害の回復に関連しているかどうかを調べました。

方法

被験者

被験者は27名の急性期(2~3週)の視床障害患者(平均年齢63.3±6.1歳)でした。また、年齢が一致する11名の健常者(平均年齢63.3±7.3歳)でした。

神経心理学的テスト

・Mini-Mental State Estimation (MMSE)

・Clinical assessment for attention (CAT)

・Behavioral inattention test (BIT)

・Trail making test part A (TMT-A)

・Frontal assessment battery (FAB)

・Behavioral assessment of dysexecutive syndrome (BADS)

・Standard verbal paired-associate learning test (S-PA)

・Rivermead behavioral memory test (RBMT)

・Rey–Osterrieth complex figure test (ROCFT)

・Wechsler memory scale test (WMS)

・Standard language test of aphasia (SLTA)

NIRS測定

・22チャネルのNIRSシステムを使用し、言語流暢性課題中に酸化ヘモグロビン、脱酸化ヘモグロビンおよび総ヘモグロビン濃度を測定した。

・関心領域(ROI)は補足運動野に対応するFzの内側前頭領域に焦点を当てた。また、Fzの前方の左右と後方の左右の4つのROIに分けました。

・課題は5回の言語流暢性課題(20秒)とコントロール課題(40秒)で構成されていました。言語流暢性は特定の文字で始まる名詞(日本語)をできるだけ多く回答するように求められました。コントロール課題は音節の列を繰り返すことで構成されていました。

SPECT測定

SPECT測定は99mTc-エチルシステイン酸ジエチルエステル(99mTc-ECT)を600MBqの注射で投与してから10分後に開始し、データを24分間測定しました。

(SPECT(単一光子放射断層撮影)とは、画像診断法の1つであり、体内に投与した放射性同位体から放出されるガンマ線を検出し、その分布を断層画像にしたものである。)

結果

神経心理学的所見

・平均MMSEスコアは25.87(SD2.75)

・視床障害患者(27人)のうち、25人(92.6%)がなんらかの認知に影響していました。注意力低下(18人)、記憶障害(15人)、実行機能障害(11人)および社会的行動障害(1人)

SPECT

・SPECTは最終的に16名の患者を解析しました。

・表1は各脳領域のZスコアを示しています。視床の障害によって、特にブローカ領域(44、45野)、ウェルニッケ領域(22、42野)、角回(39野)、縁上回(40野)などの言語領域に加えて、frontal aslant tract (FAT)経路によって繋がっている補足運動野(6、8野)が影響していました。

表1

NIRS

・NIRS中の言語流暢性課題の結果は視床障害患者群が13.18(SD:6.4)、コントロール群が21.9(SD:5.3)で有意差が認められました(図1)。

図1

・コントロール群と視床障害群は言語流暢性課題の結果によって3つのグループ(低スコア、中スコア、高スコア)に分けてヘモグロビン量を比較しました。結果は低スコアと中スコアグループはコントロール群と比較して補足運動野の反応が有意に低いことがわかりました(図2)。

図2

さらに、課題中の単語検索数はヘモグロビン量と強い相関が認められました(図3)。

図3

・また、3名の患者で経過を追ってNIRSを測定しました。その結果、すべての患者で単語検索能力が向上し、同時に補足運動野の活動の増加は単語検索能力の向上にも関連していることがわかりました(図4)。

図4

まとめ

・本研究は視床障害によって認知機能障害を引き起こすことがわかり、特に言語機能では単語検索に大きな影響を与えることがわかりました。

・この単語検索には補足運動野の反応と強い相関があり、時間経過を伴う単語検索能力の向上は補足運動野の活動の増加と関連していることがわかりました。

・視床は認知と言語に関連する前頭葉、側頭葉、頭頂葉の皮質領域を含む多くの領域に投射しています。これら視床の投射部位を考えると、視床の損傷によりさまざまな認知障害が起こる可能性が高く、本研究は記憶、注意、実行機能、社会的行動など多くの認知機能に影響を与えていたことが明らかになりました。

参考文献

  1. Wolff, M.; Vann, S.D. The Cognitive Thalamus as a Gateway to Mental Representations. J. Neurosci. 2019, 39, 3–14.
  2. Raymer, A.M.; Moberg, P.; Crosson, B.; Nadeau, S.; Rothi, L.J. Lexical-semantic deficits in two patients with dominant thalamic infarction. Neuropsychologia 1997, 35, 211–219.
  3. Fontaine, D.; Capelle, L.; Duffau, H. Somatotopy of the supplementary motor area: Evidence from correlation of the extent of surgical resection with the clinical patterns of deficit. Neurosurgery 2002, 50, 297–303.
  4. Tremblay, P.; Gracco, V.L. Contribution of the pre-SMA to the production of words and non-speech oral motor gestures, as revealed by repetitive transcranial magnetic stimulation (rTMS). Brain Res. 2009, 1268, 112–124.
  5. Catani, M.; Dell’acqua, F.; Vergani, F.; Malik, F.; Hodge, H.; Roy, P.; Valabregue, R.; Thiebaut de Schotten, M. Short frontal lobe connections of the human brain. Cortex 2012, 48, 273–291.
  6. Thiebaut de Schotten, M.; Dell’Acqua, F.; Valabregue, R.; Catani, M. Monkey to human comparative anatomy of the frontal lobe association tracts. Cortex 2012, 48, 82–96.
  7. Saur, D.; Lange, R.; Baumgaertner, A.; Schraknepper, V.; Willmes, K.; Rijntjes, M.; Weiller, C. Dynamics of language reorganization after stroke. Brain 2006, 129, 1371–1384.
  8. Obayashi, S.; Hara, Y. Hypofrontal activity during word retrieval in older adults: Anear-infrared spectroscopy study. Neuropsychologia 2013, 51, 418–424.
  9. Obayashi, S. Frontal dynamic activity as a predictor of cognitive dysfunction after pontine ischemia. NeuroRehabilitation 2019, 44, 251–261.

投稿者

kengo.brain.science@gmail.com

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