医療従事者・研究者用ノート

健常者の歩行と筋シナジー

健常者の歩行は下肢および体幹の約25個の筋肉によって可能となっています。これら25個の筋肉は別々に活動するのではなく歩行周期でいくつかの活動パターン(筋シナジー)を示します。

本日紹介する論文は少し古い論文(2004年)ですが、健常者の歩行は何個の活動パターン(筋シナジー)で構成されていて、歩行速度や免荷率によってこれらの活動パターンの変化に違いはあるのかを調べた論文を紹介します。

YouTubeもあります。

タイトル:Five basic muscle activation patterns account for muscle activity during human locomotion.

著者:Y. P. Ivanenko, R.E.Poppele and F. Lacquaniti

雑誌:Journal of Physiology. 2004;556(1):267-282.

研究の背景

健常者の歩行周期では約25個の下肢および体幹の筋肉がそれぞれ特徴的な活動パターンを持ち、これらの活動パターンは健常者間で類似しています1)

図1は一歩行周期の25個の筋活動を示しており、一見すると活動パターンは筋肉ごとに異なるように見えますが、例えばヒールコンタクト(立脚初期)での活動の立ち上がりは多くの筋肉で共通しています1)

図1

実際に多くの筋肉が特定の活動パターンを共有している可能性があるということはさまざまな研究で報告されています2,3,4)

ある研究では、歩行中に下肢の8つの筋肉から筋電図を記録した結果、主に3つの活動パターンがあることを報告しています5)

本研究では歩行中に下肢および体幹の20個の筋肉で見られる活動パターン(筋シナジー)を調べ、さらに歩行速度や免荷率の違いによる影響を調べました。

方法

・被験者は6名の健常者(男性4名と女性2名、26~42歳、66±12kg、1.70±0.08m)。

・歩行はトレッドミルで実施しました。被験者は1、2、3、および5㎞/hの4つの異なる速度で歩きました。また、体重の35、50、75または95%がリフトで支えられました。

・表面筋電図は20個の筋肉を測定しました。(表1)。

次の9つの筋肉は6名から記録:前脛骨筋(TA)、外側腓腹筋(LG)、長腓骨筋(PERL)、外側広筋(VL)、大腿直筋(RF)、縫工筋(SART)、大腿二頭筋長頭(BF)、半腱様筋(ST)、大腿筋膜張筋(TFL)。

次の3つの筋肉は5名から記録:長内転筋(ADD)、大殿筋(GM)、脊柱起立筋L1~L2(ES)

次の1つの筋肉は4名から記録:腹直筋上部(RAS)

次の5つの筋肉は3名から記録:ヒラメ筋(Sol)、内側腓腹筋(MG)、外腹斜筋(OE)、中殿筋(Gmed)、広背筋(LD)

次の1つの筋肉は2名から記録:腹直筋(RAM)

次の1つの筋肉は1名から記録:僧帽筋(TRAP)

表1

・また1人の被験者に対して筋肉内筋電図(針筋電図)を用いて、前脛骨筋(TA)、外側腓腹筋(LG)、長腓骨筋(PERL)、外側広筋(VL)、大腿直筋(RF)、縫工筋(SART)、大腿二頭筋長頭(BF)、半腱様筋(ST)、大腿筋膜張筋(TFL)の9筋を記録しました。

・解析は以前に報告された1)、標準の歩行周期に分けて20 個の下肢と体幹の筋電図活動からフィルター処理を行い、平均化を行いました。

結果

歩行周期の5つの因子(筋シナジー)

・図2Aは歩行周期の5つの因子を示しており、各線は被験者の個々の筋活動波形を示しています。いくつかの異なる活動パターンも見られましたが、構成要素は被験者間で非常によく似ていることがわかりました。いくつかの異なる点は、例えば第2因子(Factor2)の最初の部分(立脚初期)で2人の被験者は立ち上がりが遅いことがわかりました。また、第3,4,5因子の被験者間のピーク活動は約10%の広がりがありました。

・図2Bは1人の被験者で9個の筋肉から記録した筋肉内筋電図(intramuscular)と表面筋電図(surface)でトレッドミル速度が5km/h時の5つの因子に分けたデータを示しています。結果は、筋肉内筋電図と表面筋電図の波形間で有意な影響を及ぼさなかったことがわかりました。

・図2Cは本研究データ(赤)と過去の研究データとの比較を示しています。本研究のデータは過去の3つのデータ(黒線:25個の筋肉、緑線:16個の筋肉、点線:8個の筋肉)で示されている因子と非常に似ていることがわかりました。

図2

歩行速度および免荷時の5つの因子の活動パターンの違い

・図3A,Bは各因子での歩行速度の違いに対する活動パターンの違いと歩行速度の違いに対する立脚期の比率を示しています。図3Bの歩行速度が速くなるほど立脚相の比率が減少しているにもかかわらず、図3Aの歩行速度の違いによって5因子での活動パターンは同じであることがわかりました。

・図3Cは免荷率による5つの因子の活動パターンの違いを示しています。特に体重の95%(赤)と75%(オレンジ)の免荷では他の免荷の活動パターンと比較してより多くの活動パターンの変動が認められ、また、第2因子以外の因子は免荷の比率によってすべて一致することはありませんでしたが、同じ一般的な活動パターンの特徴を示しました。

図3

5つの因子に関連する筋肉

・図4は歩行速度が2㎞/hの8つの筋肉(脊柱起立筋(ES)、大殿筋(GM)、大腿筋膜張筋(TFL)、縫工筋(SART)、外側広筋(VL)、半腱様筋(ST)、前脛骨筋(TA)、外側腓腹筋(LG))が5つの因子にどの程度関連するかを過去のデータと6人の被験者で示しています。いくつかのデータで被験者間で違いはある(特に半腱様筋、外側広筋、脊柱起立筋の近位筋)ものの、遠位筋(前脛骨筋、外側腓腹筋)は一貫性が認められました。

図4

歩行速度と免荷率の違いによる5つの因子に関連する筋肉

・図5A(歩行速度),B(免荷率)は15個の筋肉(外側腓腹筋(LG)、長腓骨筋(PERL)、前脛骨筋(TA)、大腿二頭筋長頭(BF)、半腱様筋(ST)、大腿直筋(RF)、外側広筋(VL)、長内転筋(ADD)、縫工筋(SART)、大腿筋膜張筋(TFL)、大殿筋(GM)、腹直筋(RAM)、外腹斜筋(OE)、脊柱起立筋(ES)、広背筋(LD))が歩行速度と免荷率の違いによって5つの因子にどのように影響するかを示しています。

・長腓骨筋、大腿二頭筋長頭、半腱様筋、大腿直筋、外側広筋、長内転筋、縫工筋、大腿筋膜張筋、脊柱起立筋は歩行速度の違いによって各因子に関連する比率が異なることがわかりました。外側腓腹筋(LG)、前脛骨筋(TA)、大殿筋(GM)は歩行速度が異なっても関連する度合いは均等でした。各筋肉は歩行速度が速いほど、各因子に関連する度合いが高いことがわかりました。

・免荷率に対する影響では、特に免荷率が高いほど、ほとんどの筋肉で各因子に関連する度合いが変化しました。

図5

まとめ

・歩行中に多数の筋肉から構成される活動パターン(筋シナジー)は5つあることが今回の研究や過去の研究からわかりました(論文によっては記録している筋数の違いや解析の方法によって4つと報告している論文もあります6))。すなわち、健常者の歩行の筋シナジーは5つまたは4つで構成されていることがわかりました。

・また、歩行速度や免荷率に違いによって個々の筋肉の活動パターンは変化する可能性があることがわかりました。

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参考文献

  1. Winter DA (1991). The Biomechanics and Motor Control of Human Gait: Normal, Elderly and Pathological. Waterloo Biomechanics Press, Waterloo, Ontario.
  2. ShiaviR&Griffin P (1981). Representing and clustering electromyographic gait patterns with multivariate techniques. Med Biol EngComput 19, 605–611.
  3. Wootten ME, Kadaba MP & Cochran GV (1990). Dynamic electromyography. II. Normal patterns during gait. JOrthop Res 8, 259–265.
  4. Yakovenko S, Mushahwar V, VanderHorst V, Holstege G & Prochazka A (2002). Spatiotemporal activation of lumbosacral motoneurons in the locomotor step cycle. JNeurophysiol 87, 1542–1553.
  5. Olree KS & Vaughan CL (1995). Fundamental patterns of bilateral muscle activity in human locomotion. Biol Cybern 73, 409–414.
  6. Dominici N, Ivanenko YP, Cappellini G, d’Avella A, Mondi V, Cicchese M, et al (2011). Locomotor primitives in newborn babies and their development. Science. 334:997-9.

投稿者

kengo.brain.science@gmail.com

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