医療従事者・研究者用ノート

脳卒中患者の歩行と筋シナジー

前回は健常者の歩行と筋シナジーについての記事を書きました。

健常者の歩行の筋シナジーは筋の計測している数や解析方法によって異なりますが、4つ1)または5つ2)で構成されていることがわかっています。本日は、脳卒中患者の歩行の筋シナジーについての論文を紹介します。

YouTubeもあります。

タイトル:Merging of Healthy Motor Modules Predicts Reduced Locomotor Performance and Muscle Coordination Complexity Post-Stroke.

著者:David J. Clark, Lena H. Ting, Felix E. Zajac, Richard R. Neptune, and Steven A. Kautz.

雑誌:Journal of Neurophysiology. 2010;103(2):844-857.

研究の背景

脳卒中後の歩行の多くは、屈筋と伸筋の二関節筋による異常な共収縮によって股関節や膝関節の屈曲-伸展がスムーズに移行できず、いわゆるウェルニッケマン肢位での歩行となってしまいます。

脳卒中後の運動機能障害は、筋協調の異常パターンによって引き起こされると想定されていますが、以前の研究では運動学的パターン3)や個々の筋肉の活動の大きさやタイミングのパターン4,5)に焦点を当てて研究されてきました。

運動障害は「異常なシナジー」によって引き起こされると言われていますが、歩行中の筋シナジーは明らかではありません。

本研究では、運動モジュール(筋シナジー)の減少は歩行能力の低下につながると仮説を立て、これを調査しました。

方法

・被験者は脳卒中患者55名と健常者20名でした。

・歩行はトレッドミル上で被験者自身が快適な速度での歩行(3試行)と最速の快適な速度での歩行(2試行)を行いました。

・筋電図の以下の筋を測定しました。

前脛骨筋 (TA)、ヒラメ筋 (SO)、内側腓腹筋 (MG)、内側広筋 (VM)、大腿直筋 (RF)、内側(MH)および外側 (LH)ハムストリングス、大殿筋 (GM)

・モジュール(筋シナジー)の解析は何個のモジュール(シナジー)を想定すれば、記録した筋電図の90%を説明できるかというVariability Accounted For (VAF) の数値計算によって求めました。また、被験者が選択した快適歩行速度、快適範囲内の速い歩行速度、推進力の非対称性、ステップ長の非対称性を比較しました。

結果

・図1は被験者自身が快適な速度での歩行したときの健常者 (Control)、脳卒中患者の麻痺側 (Paretic)と非麻痺側 (Nonparetic)のモジュール(筋シナジー)の数を示しています。健常者と非麻痺側は4つのモジュールが多かったのに対して、麻痺側は2つ(45%)または3つ(36%)のモジュールとなり、健常者や非麻痺側と比べて少なくなりました。

図1

・図2は脳卒中患者の麻痺側で2つ、3つ、4つのモジュールを持っていた被験者で分類し、各筋の筋電図波形(A)、処理後の筋電図波形(B)、歩行周期でどのモジュールが活動していたか(C)を示しています。少ないモジュールしか持っていなかった被験者は、より多くの筋肉の同時収縮が認められました。

図2

・図3は脳卒中患者の麻痺側のモジュールの数で分類し、各モジュールはどの筋で主に構成されていたかを示しています。また、図4は健常者を示しています。

図3
図4

図3Aは2つのモジュールの被験者でモジュール1は前脛骨筋を除いたすべての筋で特に立脚期に強い収縮が認められました。モジュール2は前脛骨筋および大腿直筋で特に遊脚期に強い収縮が認められました。

3つのモジュールをもっていた被験者は2つのパターンに分かれました。図3Bは19名のうち8名がこのパターンを持っていました。モジュール1は足関節背屈筋と近位筋の伸筋で特に立脚期に強い収縮が認められました。モジュール2および3は健常者のモジュール3および4と似ていました。図3Cは4名がこのパターンを持っていました。モジュール

1および2は健常者のモジュール2および3と似ていました。モジュール3は健常者のモジュール1および4と似ていました。また、7名はこの2つのパターンに分類されない複雑なパターンを示しましたが、すべての被験者で遊脚期は前脛骨筋の強い収縮が認められました。

図3Dは4つのモジュールの被験者でどのモジュールも健常者と同様に見えました。

・図5は被験者が選択した快適な速度(A)、快適範囲内の速い歩行速度(B)、推進力の非対称性(C)、ステップ長の非対称性(D)を健常者、2つ(Low)、3つ(Moderate)、4つ(High)のモジュールのグループで比較した結果を示しています。モジュールの個数の違いによって機能上の違いが明らかになりました。モジュール数が4つで健常者と似ているグループ(High)でも、歩行スピードや推進力の非対称性に統計的には有意ではありませんでしたが、違いが認められました。

図5

まとめ

・本研究は健常者と脳卒中片麻痺患者の歩行からモジュール(筋シナジー)を調べました。

・モジュールが少なくなればなるほど、運動制御の複雑さは全体的に低下し、運動出力の減少は歩行能力の低下と関連していました。

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参考文献

  1. Dominici N, Ivanenko YP, Cappellini G, d’Avella A, Mondi V, Cicchese M, et al. Locomotor primitives in newborn babies and their development. Science. 334:997-9,2003.
  2. Ivanenko, Y. P., Poppele, R. E., and Lacquaniti, F. Five basic muscle activation patterns account for muscle activity during human locomotion. J. Physiol. 556, 267–282,2004.
  3. Mulroy S, Gronley J, Weiss W, Newsam C, Perry J. Use of cluster analysis for gait pattern classification of patients in the early and late recovery phases following stroke. Gait Posture 18: 114–125, 2003.
  4. Den Otter AR, Geurts AC, Mulder T, Duysens J. Gait recovery is not associated with changes in the temporal patterning of muscle activity during treadmill walking in patients with post-stroke hemiparesis. Clin Neuro- physiol 117: 4–15, 2006.
  5. Knutsson E, Richards C. Different types of disturbed motor control in gait of hemiparetic patients. Brain 102: 405–430, 1979.

投稿者

kengo.brain.science@gmail.com

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