
健忘型認知症とアルツハイマー型認知症の機能的結合の変化
健忘型認知症は進行するとアルツハイマー型認知症に移行すると報告されています。また、アルツハイマー型認知症はデフォルトモードネットワークと背側注意経路間の機能的結合の逆相関の強度が弱くなると言われています。
本日は、正常な高齢者から健忘型認知症、アルツハイマー型認知症までのデフォルトモードネットワークと背側注意経路間の機能的結合の変化を調べた論文を紹介します。
タイトル:Dysfunctional interactions between the default mode network and the dorsal attention network in subtypes of amnestic mild cognitive impairment.
著者:Wang J, Liu J, Wang Z, Sun P, Li K and Liang P.
雑誌:Aging. 2019; 11(20): 9147-9166
研究の背景
アルツハイマー型認知症の早期発見は症状を遅延させるために重要です。健忘型の軽度認知症の人は症状が進行するとアルツハイマー型認知症に移行すると報告されています1,2)。65歳以上の約4-6%が健忘型軽度認知症を患っており、年に10-15%の割合でアルツハイマー型認知症に進行すると報告されています3)。
デフォルトモードネットワーク(DMN)(後帯状皮質、内側前頭前皮質、両側角回および海馬で構成され、内部処理中に関与)4,5)と背側注意経路(DAN)(頭頂内溝、前頭眼野、上頭頂小葉および背外側前頭前野が含まれ、注意を必要とする認知機能に関与)6) の2つのネットワークは逆相関していると報告されています4)。この逆相関は注意機能にとって重要であり、安静時のDMNとDANの逆相関が強い人は、認知課題で良いパフォーマンスを示すことが報告されています7,8)。また、高齢者はDMNとDAN間の逆相関が若年成人と比較して有意に減衰していると報告されています9)。さらに、認知症とアルツハイマー型認知症でもDMNとDAN間の逆相関が減少していると報告されています10,11)。
しかし、正常な高齢者から軽度認知症、アルツハイマー型認知症までDMNとDAN間の関係がどのように変化するかは不明です。
本研究の目的は、正常な高齢者から健忘型認知症、アルツハイマー型認知症までDMNとDAN間の機能的結合の変化を調べました。
方法
被験者
・アルツハイマー型認知症患者20名、シングルドメイン健忘型認知症患者22名、複数ドメイン健忘型認知症29名、健常者23名を対象とした。
・2人の経験豊富な神経内科医によってアルツハイマー型認知症と健忘型認知症は診断されました。アルツハイマー型認知症は統計マニュアル基準 (DSM-V)および脳卒中/アルツハイマー病および関連障害協会 (NINCDS-ADRDA)の基準に基づいて評価されました。健忘型認知症はPetersenの臨床診断基準12)および老化-アルツハイマー協会の基準に従って診断および分類されました。
行動評価
・すべての被験者にCDR(認知症の重症度評価)、MMSE、 MoCA(認知評価)を評価しました。また、記憶機能は聴覚性言語性記憶検査(AVLT)、ネーミングスキルはボストンネーミングテスト(BNT)、実行機能はTrail Making Test(TMT)、視空間能力は時計描画テスト(CDT)を評価しました。
MRI
・3TのMRI装置を用いて撮像した。
・Seed-based解析を用いて、デフォルトモードネットワークと背側注意経路の相互関係を調べました。
結果
・表1は行動評価を示しています。認知項目のすべてで4つのグループ間に有意差が認められました。具体的には、アルツハイマー型認知症は4つのグループの中で最も悪い結果でした。複数ドメイン健忘型認知症は健常者と比較して、すべての認知項目で有意に低下していました。さらに複数ドメイン健忘型認知症はシングルドメイン健忘型認知症と比較して、BNT, TMTおよびCDTが有意に低下していました。シングルドメイン健忘型認知症は健常者と比較して、AVLT, MMSEおよびMoCAで有意に低下していました。

・図1A,Bはデフォルトモードネットワークの領域(後部帯状回および内側前頭前皮質)をSeedとしたとき、図1C,Dは背側注意経路の領域(頭頂間溝および前頭眼野)をSeedとしたときのその他の領域との機能的結合を示しています。

どの群も後部帯状回および内側前頭前皮質をSeedとしたときは、背側注意経路の領域の頭頂間溝、前頭眼野、上頭頂小葉、背外側前頭前野、中心後回、縁上回で負の相関が認められました。一方で頭頂間溝および前頭眼野をSeedとしたときは、デフォルトモードネットワークの領域の後部帯状回、楔前部、内側前頭前皮質、角回、上前頭回で負の相関が認められました。
しかし、アルツハイマー型認知症のこれらの機能的結合の強さは他の群と比較して有意に低下しており、健常群と比較して他の3群は、頭頂間溝および前頭眼野をSeedとしたときの楔前部および角回の機能的結合が有意に低下していました。一方で、他の3群は健常者と比較して後部帯状回および内側前頭前皮質をSeedとしたときに、中後頭回、舌状回および視覚野との機能的結合が有意に増加していました。
・図2、3は機能的結合と行動評価間の相関を示しています。


左後部帯状回と左頭頂間溝間の機能的結合は、アルツハイマー型認知症でBNTスコアとMMSEスコアが有意な負の相関が認められ、シングルドメイン健忘型認知症でAVLTスコアが有意な負の相関が認められました(図2A)。左頭頂間溝と右背側後部帯状回の機能的結合はシングルおよび複数ドメイン健忘型認知症でAVLTスコアが有意な負の相関が認められました(図2B)。
左後部帯状回と左下中心前溝の機能的結合はシングルドメイン健忘型認知症でMMSEスコアとMoCAスコアは有意な負の相関が認められ、健常者でTMTが有意な正の相関が認められました(図3)。
まとめ
・デフォルトモードネットワークと背側注意経路との機能的結合の逆相関の強さはアルツハイマー型認知症でほぼゼロに近く、健忘型認知症でも健常者と比較すると弱いことがわかりました。しかし、中後頭回、舌状回および視覚野の領域の機能的結合が強くなっていることがわかりました。これらは2つのネットワークの機能的低下を補うための機能代償が考えられます。以前の研究では、機能低下によりネットワーク拡張の神経機構が働くと報告されています13)。しかし、これらの機能代償は、デフォルトモードネットワークと背側注意経路間の機能的結合の相互作用を妨害する可能性が考えられます。
・デフォルトモードネットワークと背側注意経路の機能的結合は行動パフォーマンスに影響を与えることが示唆されました。この結果は、健忘性認知症からアルツハイマー型認知症の脳機能を理解するために重要であり、臨床においてバイオマーカーとして役立つ可能性が考えられます。
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