医療従事者・研究者用ノート

親近性記憶と回想性記憶の視床と内側側頭葉との関係

視床は記憶にも関与することが報告されています。記憶には主に回想性記憶と親近性記憶がありますが、視床核のどの領域がどの記憶と関連しているかは明らかではありません。また、記憶の中枢である内側側頭葉(嗅周皮や海馬傍回)との関連も明らかではありません。本日は、この2つについて調べた論文を紹介します。

タイトル:Thalamic-Medial Temporal Lobe Connectivity Underpins Familiarity Memory. 

著者:Kafkas A, Mayes AR and Montaldi D.

雑誌:Cerebral Cortex. 2020; 30: 3827-3837

研究の背景

私たちは日常生活で以前に見たことがあるものか初めて見るものかを識別できます。以前見たことがある記憶は2つの記憶モデルによって提唱されています1,2)。1つは回想性記憶です。この記憶は、過去のエピソードを想起したり、その時にあったことを追体験する記憶です。もう1つが親近性記憶です。この記憶は、エピソードは思い出せないが、初めて見るものではないと判断される記憶で意味記憶に近い記憶です。

回想性記憶は、海馬、乳頭体、視床前核、後部帯状回が関連し、親近性記憶は、海馬、嗅周皮質、視床背内側核、帯状回、扁桃体が関連しています。

これらの2つの記憶モデルでは視床領域において視床前核と視床背内側核が重要な役割です。その理由として、この2つの核の損傷により順行性健忘症が起こることが報告されています3)。また、親近性記憶に関連する視床背内側核のみ障害されても順行性健忘症が起こるという報告4,5)や視床背内側核は親近性記憶だけでなく回想性記憶にも関与するという報告があります6)

そのため、これら2つの核が回想性記憶と親近性記憶にどのような役割を担っているかは明らかではありません。また、基本的な記憶の領域である海馬傍回、嗅周皮質、嗅内皮質を含む内側側頭葉と視床の関連が記憶とどのように関連しているのかは明らかではありません。

本研究の目的は、視床核(視床前核と視床背内側核)の親近性記憶への寄与を調べ、視床と内側側頭葉との機能的結合の程度を調べることです。

方法

・被験者は17名の健常者(女性5名、平均年齢23.3±3.4歳)でした。

・本実験前に被験者には図1のような3つの異なる刺激(オブジェクト、顔、風景)がランダムで提示されました。各刺激は3つの非常に類似したもので構成されており、被験者は上のターゲットと同じ画像を下の2つの画像から選択するように求められました。オブジェクトと顔刺激は、下の2つの画像のうち1つはターゲットに対して相対的にサイズが小さくなっていました。また、風景刺激は、下の2つの画像のうち1つはターゲットに対して水平方向に数mmシフトさせてありました。これは、後の本実験時に親近性記憶に基づく認識の優位性を出すために行いました。

図1

・本実験では、MRI撮像中に各刺激(オブジェクト、顔、風景)をランダムで提示しました。被験者は各刺激に対して見たことがある(親近性)または見たことがない(新しい)のいずれであるかを選択するように求められました。さらに、親近性の強度について、「弱い」、「中等度」、「強い」のいずれであるかを選択するように求められました。

結果

・正答率は、各刺激(オブジェクト、顔、風景)に対して親近性の強度が強いほど有意に高かった。また、各刺激間で正答率の差は認められなかった。

・図2は各刺激(オブジェクト、顔、風景)に対する親近性の視床内での反応部位と親近性の強度(「弱い=F1」、「中等度=F2」、「強い=F3」)および不正解の時の反応の強さを示しています。オブジェクトは背内側核(MDt)、顔は腹外側核(VLt)、風景は後腹側核(VPt)が関与していました。また、どの領域も親近性の強度が強いほど反応が大きいことがわかりました。

図2

・図3は各刺激(オブジェクト、顔、風景)に対する視床内および視床と内側側頭葉の機能的結合を示しています。オブジェクトは背内側核(MDt)と嗅周皮質、顔は背内側核(MDt)と腹外側核(VLt)および背内側核(MDt)と嗅周皮質、風景は背内側核(MDt)と後腹側核(VPt)および背内側核(MDt)と海馬傍回(PHC)が関与していることがわかりました。

図3

・このブログでは、親近性記憶のみ取り上げて説明していますが、論文上では回想性記憶に関しても調べており、回想性記憶には視床前部が関与していると報告しています。

まとめ

・さまざまな刺激(今回であればオブジェクト、顔、風景)の記憶は異なる視床核が関与していることがわかりました。

・腹外側核と後腹側核は特定の種類の刺激(腹外側核は顔、後腹側核は風景)に選択的に反応することがわかりました。

・背内側核は腹外側核(顔)と後腹側核(風景)から入力を受け、内側側頭葉(嗅周皮質と海馬傍回)と情報連絡していることが示唆されました。つまり、背内側核は親近性記憶を統合している可能性が示唆されました。(回想性記憶は視床前部が統合している可能性があると報告しています。)

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参考文献

  1. Aggleton JP, Brown MW. 1999. Episodic memory, amnesia, and the hippocampal, anterior thalamic axis. Behav Brain Sci. 22:425–444.
  2. Aggleton JP, Dumont JR, Warburton EC. 2011. Unraveling the contributions of the diencephalon to recognition memory: a review. Learn Mem. 18:384–400.
  3. Kishiyama MM, Yonelinas AP, Kroll NEA, Lazzara MM, Nolan EC, Jones EG, Jagust WJ. 2005. Bilateral thalamic lesions affect recollection-and familiarity-based recognition memory judg- ments. Cortex. 41:778–788.
  4. Mitchell AS, Chakraborty S. 2013. What does the mediodorsal thalamus do? FrontSystNeurosci. 7:37.
  5. Carlesimo GA, Lombardi MG, Caltagirone C, Barban F. 2015. Recollection and familiarity in the human thalamus. Neurosci Biobehav Rev. 54:18–28.
  6. Danet L,Pariente J,Eustache P,Raposo N,Sibon I, Albucher J- F, Bonneville F, Péran P, Barbeau EJ. 2017. Medial thalamic stroke and its impact on familiarity and recollection. Elife. 6:e28141.

投稿者

kengo.brain.science@gmail.com

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