
睡眠不足と社会情動脳
他人に暴言を吐く、SNSなどで誹謗中傷的な発言をする。これらの行動をする人はさまざまな要因がある中で睡眠科学という新しい分野では、不適切な社会感情行動は睡眠不足によっても引き起こされている可能性があると考えられています。
本日は、睡眠不足と社会情動脳について示した論文を紹介します。
タイトル:Sleep Loss and the Socio-Emotional Brain.
著者:Simon EB, Vallat R, Barnes CM and Walker MP
雑誌:Trends in Cognitive Science. 2020; 24(6): 435-450
睡眠不足による情動の変化
睡眠不足により情動反応性(他者から少し指摘されただけでも怒る)、情動評価(他者が怒っているのかそうでないのかが判断できない)、情動表現(自分の感情をコントロールできない)の情動プロセスに影響を与えるとさまざまな研究で報告されています1,2,3)。
睡眠時間が7時間未満に制限され、それが数日間続くだけで情動状態に変化が生じると報告されています4)。これらの情動状態はうつ病や不安を増加させるだけでなく、自殺未遂や最悪の場合は自殺も増加させると報告されています5)。
特に10代の未成年は、睡眠不足の影響を受けやすいと報告されています6)。1日の睡眠時間が4時間未満に制限されているまたは5〜6時間未満の睡眠時間が5日間続いている思春期の子供は不安、怒り、混乱、過敏性、感情調節障害が起こりやすくなっていると報告されています7,8)。さらに、8〜12歳の子供を対象とした研究では、普段の睡眠時間から1時間の睡眠時間を4日間制限しただけ(例えば、普段8時間睡眠の子供が4日間7時間睡眠)でも同様の影響があったと報告しています9)。
睡眠不足と脳内変化
上記で示した情報反応性と情動評価についての実験があります。
図1は睡眠不足(Sleep deprived)の人の扁桃体(Amygdala)の反応と内側前頭前野(mPFC)との機能的結合を示しています。睡眠不足の人は扁桃体の反応性が高く、さらに内側前頭前野との機能的結合が低下していることがわかっています。

図2は睡眠不足の人に怒っている人の顔とそうでない人の顔を見せたときの扁桃体、島皮質、前帯状回領域間のサリエンシーネットワークの反応と怒っている顔かそうでない顔かを判断させた結果を示しています。睡眠不足の人は怒っている顔を見せたときはサリエンシーネットワークに活動が認められましたが、怒っていない顔を見せたときにもこのネットワークは活動しています(図2上)。さらに、睡眠不足の人は怒っていない顔を見たときも怒っている顔と判断する確率が高かったことがわかりました(図2下)。

睡眠不足は他者に伝搬する
睡眠不足によって夫婦関係や職場関係にも影響を与え、さらに睡眠不足は他者に伝搬することさえあります。
ある実験では、十分に睡眠を取っている人が睡眠不足の人のビデオを観察すると自分自身が孤独や不安に感じることが報告されており、さらに睡眠不足の人との社会的な関わりも大幅に低下することが明らかになっています10,11)。また、このような伝搬は職場においてはトップダウン的な階層的に影響する可能性が高いと言われています12)。つまり、職場の上司が睡眠不足の場合にその部下は影響を受けやすいということになります(図3)。

職場の上司が1日でも睡眠不足である場合に部下への監視レベルが高くなると報告しています。睡眠不足により敵意ある部下に対して不満を不適切に発散させており、感情的な自己制御の低下が原因である可能性があります。また、部下が十分な睡眠を取っていても上司が睡眠不足の場合は、部下の仕事に対する満足度は低く、上司との関係や仕事の質が低下することも報告されています12,13)。
睡眠不足と対人関係のネットワーク
睡眠不足の人は十分に睡眠を取っている人と比較して心の理論のネットワークと人が近づいてきたときに活動するネットワーク(近距離空間ネットワーク)に違いがあると報告されています14,15)(図4)。
心の理論のネットワークは主に側頭-頭頂接合部、 楔前部、内側前頭前野が関与しています。一方で、近距離空間ネットワークは頭頂間溝と腹側前頭前野が関与しています。

睡眠不足の人は十分に睡眠を取っている人と比較して、画面上で自分に近づいてくる他者を見ることで心の理論のネットワークの活動が低下することがわかりました。このネットワークの活動の低下は共感感度の低下を意味しており、相手がどのようなことを考えているかの推察力の低下を示しています。一方で近距離空間ネットワークは活動が増加することがわかりました。このネットワークの活動の増加は実生活での他者との相互作用において他者から距離を置く度合いを予測し、社会的離脱を促進する神経機構を示唆しています。
まとめ
睡眠は、人間の社会的および感情的な機能を最適化するための基本的な要素であることが考えられます。睡眠不足により、他者の情動の正確な認識(反応性)、情動の強さ(評価)、自己の外向きのコミュニケーション表現の障害が観察されます。また、情動機能障害により引きこもりや孤独感(社会的孤立)をもたらします。さらに睡眠不足は職場や対人関係での不適応な行動、社会の構造に影響を与えるような選択の引き金になる可能性も十分に考えられます。
しかし、人が睡眠不足になる原因はさまざまあります。例えば、子育てをしている方は常に睡眠不足の状態が数年は続きます。上司や周囲の同僚が感情的になっている場合はその背景にはさまざまな理由による睡眠不足があることも一つの要因です。周囲や職場などでもその人の背景や睡眠不足と情動の関係を理解し、お互いに支え合うことも重要ではないかと思います。
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参考文献
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