
パーキンソン病と実行機能ネットワーク
パーキンソン病は振戦、無動、固縮、姿勢反射障害が特徴ですが、失行症が出現することがあります。失行症は主に左前頭-頭頂ネットワーク(実行機能ネットワーク)が関与しています。
本日はパーキンソン病のドーパミン作動薬を投与した時と投与していない時で実行機能ネットワークの機能的結合の変化を調べた研究を紹介します。
タイトル:Dopaminergic modulation of the praxis network in Parkinson’s disease.
著者:Matt E, Fischmeister F, Foki T and Beisteiner R.
雑誌:NeuroImage Clinical. 2019; 24: 101988.
研究の背景
失行症は道具の使用やジェスチャーの生成など、熟練した意図的な動きのパフォーマンスに影響を与える認知運動障害です1)。失行症は脳卒中、認知症、運動障害などのさまざまな神経疾患で出現します2)。パーキンソン病も失行症が出現する場合もありますが、その出現率は17〜64%と幅があります3)。ある研究によると4)、ホーン・ヤールの重症度分類のステージ1では0%であるがステージ4では40%であり、重症度に応じて出現率が増加することを示しており、初期段階で出現していなくてもステージが進むにつれて失行症を発症するリスクがあることを示唆しています。
パーキンソン病の脳内ネットワークの機能的結合を調べたいくつかの研究では、感覚運動ネットワークだけでなく、皮質領域の関連するネットワークの異常も報告されています5,6,7)。この機能的結合の変化は、パーキンソン病の認知障害などの運動症状と非運動症状に関連していることがわかっています8)。しかし、このような機能的結合の変化が認知機能と運動機能をつなぐ実行機能とどのように関係しているのかは明らかではありません。具体的には、実行機能は主に左前頭-頭頂ネットワークに依存することがわかっています9)。しかし、失行症は右半球の病変や構造変化にも関連していることも報告されています10)。さらに、薬物を使用した場合と使用していない場合でこのネットワークへの影響は明らかではありません。
そのため、本研究の目的はパーキンソン病患者の実行機能ネットワークの機能的結合を調べ、さらに薬剤による影響を調べました。
方法
被験者
・軽度から中等度のパーキンソン病と診断された13名(女性6名、平均年齢60.23歳)と13名の健常高齢者とした。
・パーキンソン病患者のホーン・ヤールの重症度分類はステージ1または2でした。
・MMSEスコアが26点未満を対象外としました。
・パーキンソン病患者は以下の行動評価およびMRI撮像はドーパミン作動薬を服薬時(ON時)と非服薬時(OFF時)の2回測定しました。OFF時はドーパミン作動薬投与から少なくとも12時間後に測定しました。また、ONとOFF時の測定は14日間の期間を置いて測定し、ランダム化された順序で測定しました。つまり、半数が先にON時に測定して14日後にOFF時、一方の半数が先にOFF時に測定して14日語にON時に測定を行いました。
行動評価
・パーキンソン病患者はMRI撮像前に毎回ホーン・ヤールの重症度分類とUnified Parkinson’s Disease Rating Scale (UPDRS)(http://yoshida-hospital.org/updrs/doc/q.html)のパートⅢを評価しました。
・失行症の評価は以下の2つを行いました。
・実験者が行う24個のジェスチャーの模倣 (De Renzi Ideomotor apraxia test)
最初のジェスチャーで患者が正しく模倣できれば3点、2回目で正しく模倣できれば2点、3回目で正しく模倣できれば1点、それでも正しく模倣できなければ0点として計算し、最大で72点中62点をカットオフ値としました。
・10個の物品(ハンマーなど)を見せてその物品を使用 (De Renzi Demonstration-of-Use test)
最初の試行で正しく使用できれば2点、2回目で正しく使用できれば1点、それでも正しく使用できない場合は0点としました
MRI撮像
・3TのTIM-TRIOシステムで撮像を行いました。
・解析は実行機能ネットワークである中前頭回、下前頭回(三角部および弁蓋部)、中側頭回(後回部)、上頭頂小葉、縁上回(前部および後部)、角回、外側後頭皮質領域を解析対象としました。
結果
行動
・UPDRSⅢスコアはオフ状態ではオン状態よりも有意に振戦スコアが高くなりました。
・ホーン・ヤールの重症度分類はオフ状態で4名の患者が0.5点増加しましたが、他の9名は変化はありませんでした。
・失行症の2つの評価はオフ状態とオン状態で有意差はありませんでした。
MRI
・図1は実行機能ネットワーク領域で球体の大きさがこのネットワークへの重み付けを示しています。つまり、球体の大きさが大きいほど実行機能ネットワークに関与していることになります。

健常高齢者では、左角回、左上頭頂小葉および左中前頭回領域が実行機能ネットワークに強く関与しており、さらに左半球に側方化していました。
一方で、パーキンソン病患者のオフ状態もオン状態も右半球の関与が増加していることがわかりました。また、両側縁上回がネットワークに強く関与していることがわかりました。
・図2は左縁上回後部をSeedとしてその他の領域との機能的結合の強さを示しています。健常者では両側側頭葉と下前頭回領域との機能的結合を示しました。パーキンソン病患者のオン状態では、両側側頭葉と下前頭回領域と右側頭-頭頂接合部の機能的結合を示しました。オフ状態では、両側後頭頂葉、両側頭-頭頂接合部、右下頭頂小葉、右下前頭回、右中前頭回の広範囲に機能的結合を示しました。

まとめ
・本研究では、パーキンソン病の重症度が軽度から中等度の患者を対象にドーパミン作動薬を使用した場合と使用していない場合の実行機能ネットワークの機能的結合を調べました。
本研究ではドーパミン作動薬を使用していない場合でも失行症は認められませんでしたが、健常者と比較して、実行機能ネットワークの関連する領域が異なり(特に縁上回の関与が増加)、さらに右半球の関与が増加することがわかりました。
・左縁上回は物品に関連する動作に重要な領域であることが報告されています11)。また、この領域は、視覚領域から腹側運動前野を結ぶ「ハブ」として重要な部分でもあります11)。さらにパーキンソン病患者において下頭頂小葉(特に縁上回)領域の機能は保存されていると報告されています12)。これらからパーキンソン病患者においては、縁上回が実行機能ネットワークに強く関与していた可能性が示唆されます。
・パーキンソン病患者において右半球の関与が増加していた理由として、「ハブ」としての左縁上回とその同じ領域である右縁上回領域間の相互作用によって引き起こされた可能性が示唆されます。これは、実行生成のための左半球の経路が右半球に拡張されていることが示唆されます。
・また、オン状態の機能的結合は健常高齢者の機能的結合とよく似ていたことからドーパミン作動性投与は少なくとも初期段階では、実行機能や関連ネットワークなどの認知運動機能をサポートしていることがわかりました。
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参考文献
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