
新たなバランスの指標:推定重心位置(XcoM)
バランスは重心が支持基底面内にあることで安定するされています。しかし、これは静的状況の話であり、動的状況(歩行など)になると少し話は違います。
本日は少し古い論文になりますが、新たな動的バランスの指標で用いることの可能性が示唆されている推定重心位置(XcoM)について示した論文を紹介します。
タイトル:The condition for dynamic stability.
著者:Hof A.L, Gazendam M.G.J and Sinke W.E
雑誌:Journal of Biomechanics. 2005; 38(1): 1-8
研究の背景
人間の動きにおいて、バランスのコントロールは重要な問題です。この問題を考えると2つの疑問が浮上します。
1つ目はバランスを維持するためにどのような条件を満たす必要があるのか、2つ目はどのような状態のときにバランスが良好であると言えるのかです。
1つ目の疑問に対する標準的な答えは、重心(CoM)が支持基底面(BoS)内にある必要があります1)。BoSは床反力ベクトルの原点である圧力中心(CoP)の可能な範囲として定義されます。しかし、歩行などの動的状況において、これらの説明では不十分な場合があります2)。
動的状況においてはCoMの速度も考慮する必要があります。CoMがBoS上にあっても、CoM速度が早く外側に向いている場合はバランスを取れない場合があります。その逆もあります。CoMがBoSの外にあった場合でもCoMの速度がBoSに向かっている場合はバランスを取ることが可能です。
動的な状況下では、CoMの位置とその速度に係数をかけたもの√I/gがBoS内にある必要があります(I=脚の長さ、g=重心加速度)。
このベクトル量を推定重心位置(XcoM)と定義します。この定義は、安定性の尺度(b)で示され、XcoMからBoSの境界までの最小距離を示します。つまり、bが小さいほどバランスが悪く、bが大きいほどバランスが良いことになります。
方法
・被験者は10名の健常者でした(男性5名、平均年齢23.3±1.3歳、体重74.1±12.4、脚長0.936±0.06m)。
・フォースプレートを使用し、被験者は片足立ちで前後左右に体重移動するように求めました。
・次に両足での静止立位、片足立ちでの静止立位、両足つま先立ちでの静止立位、片足つま先立ちでの静止立位の4つの条件とトレッドミル上で通常歩行(1.5m/s)を行いました。
結果
・図1は、CoP内のBoS面積を示しています。この結果を基に上記の4つの条件を線で示した結果が図2になります (a: 静止立位、b: 片足立ちでの静止立位、c: 両足つま先立ちでの静止立位、d: 片足つま先立ちでの静止立位)。


・図2は一人の被験者のデータを示しており、BoSとXcoMを示しています。a,b,c,dの条件の順でb (安定性の尺度)が小さくなることがわかります。
・図3はつま先立ち時のCoP, CoM, XcoMの時間変化を示しています。この場合のXcoMとCoMの位置は最大で1cm異なることがわかりました。また、両足静止立位時は違いは少なく、1mm程度でした。

・図4は歩行時の横方向のCoP, CoM, XcoMを示しています。ここでは、XcoMの軌跡がCoMの軌跡からかなりズレていることを示しています。

実際に立脚期のCoPはXcoMから2.5cmr程度です。足の境界線BoSは、実際に測定されたCoMに対して1-2cm外束に位置していたことを考慮すると、歩行中のbは2-3cmの範囲にあることを示唆しています。つまり、歩行中にbが2cm以下になるとバランスが悪くなる可能性が考えられます。
まとめ
ここでは、静的および動的条件において安定条件を定式化できる新しい空間変数であるXcoMを紹介しました。このXcoMを用いて安定性の尺度bを計算することが可能であり、バランスの評価で用いることが可能であると示唆されます。
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参考文献
- Shumway-Cook, A., Woolacott, M.H., 1995. Motor Control: Theory and Practical Applications. Williams & Wilkins, Baltimore, MD.
- Pai, Y.C., Patton, J., 1997. Center of mass velocity-position predictions for balance control. Journal of Biomechanics 30, 347–354.