
認知予備脳
アルツハイマーや認知症の発症を遅らせるためには、多様な生活習慣の重要性が強調されています。この多様な生活習慣が認知予備能を構築し、もし脳の萎縮や障害が起こっても認知機能が維持されることが徐々に明らかになっています。
本日は、認知予備能が高い人と低い人の脳波の違いを調べた研究を紹介します。
タイトル:Distinct Functional Connectivity Patterns Are Associated With Social and Cognitive Lifestyle Factors: Pathways to Cognitive Reserve.
著者:Fleck JI, Arnold M, Dykstra B, Casario K, Douglas E and Morris O.
雑誌:Frontiers in Aging Neuroscience. 2019; 11: 1-15.
研究の背景
認知予備能(cognitive reserve: CR)とは、アルツハイマーや加齢、病気などにより脳の物理的機能が低下している場合でも、認知機能を維持する個人能力である1)。生涯を通じて認知活動、社会活動、身体活動に従事することで高いレベルの認知予備能が構築され、加齢や病気などの後遺症から認知機能を維持することが可能であると示唆されている2,3)。
この認知予備能の測定は、脳画像と言語的IQ、教育年数、職業、社会的活動、休日の活動、運動歴などの認知機能の直接評価によってのみ行われている4,5,6)。
軽度認知症患者やアルツハイマー病患者を対象とした研究7)では、高認知予備能患者では、低認知予備能患者と比較して認知機能が高いことが明らかになっており、健常高齢者の研究8)では、高認知予備能の高齢者は低認知予備能の高齢者と比較して、脳内ネットワーク効率が高いことが示されている。
しかし、認知予備能の神経機構についてはあまり明らかにされていない。大脳皮質領域内及び皮質領域間の認知予備能関連の結合性を調べることで認知予備能の神経機構や生活習慣の多様な因子の重要性を定量化することができると考えられる。
本研究では、認知的、社会的、身体的な認知予備能要因が安静時の脳波におけるLagged Linear Connectivity(皮質領域間の結合性)に及ぼす影響について検討した。
方法
対象者
35〜75歳の神経疾患や認知症の既往歴がない104人の健常成人(女性:76人、平均年齢:56.59±7.55)でした。
一般的な背景
認知的、社会的、身体的な認知予備能要因を以下の因子から調べた。
人種、配偶者の有無、現在の生活状況、出身国、教育、職業達成度、識字率、コンピュータ使用の有無、聴力と視力、過去および現在の健康状態、脳震盪歴、更年期障害、薬物・アルコール使用の有無、不安と抑うつ、身体活動レベル、課題の処理速度、持続的注意、エピソード記憶、ワーキングメモリーを以下の評価を用いて測定した。
Four Factor Index of Social Status:この指数は教育、職業、配偶者の有無、性別の4つの因子を評価するテストである9)。
CESD-R:20項目からなるうつ病のスクリーニング評価である10)。
GAMA:成人の簡潔で非言語的なIQ評価である11)。
SNI:社会的ネットワーク指数であり、成人および高齢者の社会的ネットワークの大きさと構造を3つの分野で測定する12)。
CRIq:18歳からの認知予備脳構築活動を24項目の尺度で表す評価である13)。
Lifetime Physical Activity Questionnaire:身体活動質問紙にはウェイトリフティング、自転車、スキー、家事など26個の身体活動が含まれ過去1年間の活動レベルと生涯の活動レベルを評価する14)。
Cambridge Neuropsychological Test Battery (CANTAB):課題の処理速度、持続的注意、エピソード記憶、ワーキングメモリーの認知機能を評価した。
群分け
上記の評価から認知的、社会的、身体的な高認知予備能群と低認知予備能群に分けた(群分けの詳細は省略)。さらに、高認知予備能群と低認知予備能群内でも男性と女性に分けた。
脳波
脳波は129チャンネルのHydroCel Geodesic Sensor Netを使用して記録した。測定は閉眼および開眼を3分間測定した。解析にはAll Nearest Voxels法を使用して、58の皮質関心領域間のLLCを計算した。
結果
・図1は認知的な高認知予備能群の男性と女性と低認知予備能群の男性と女性の脳波LCC値を示しています。

高認知予備能群の男性はその他の3群と比較して、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉領域のLCC値が有意に高いことが明らかになった。
・図2は社会的な高認知予備能群と低認知予備能群で開眼時と閉眼時の脳波帯域の比較を示しています。

高認知予備能群は低認知予備能群と比較して、閉眼時にはシータ波とガンマ波、開眼時にはシータ波、低アルファ波、低ベータ波に有意な差が認められた。
・図3は社会的な高認知予備能群と低認知予備能群で左右半球に分けた脳波LCC値を示しています。

左半球では、高認知予備能群は低認知予備能群と比較して、前頭葉、側頭葉、頭頂葉領域のLCC値が高く、右半球では、前頭葉、中央領域(M1やS1)、後頭葉のLCC値が有意に高いことが明らかになった。
まとめ
・本研究では、認知的、社会的、身体的な認知予備能要因が皮質領域間の結合性に及ぼす影響について検討した。
・全体的に認知予備能の高い人は認知予備能の低い人と比較して、皮質領域間の結合性を示すLagged Linear Connectivity(LLC)値が高い値を示し、アルファ、ベータおよびシータ周波数帯域で最も顕著であることが明らかとなった。これらの周波数帯域は、先行研究で高齢者の認知機能と関連していることが報告されている15)。
・本研究から認知予備能を構築する生活習慣の違いが、脳の機能的結合性に異なる影響を及ぼすことが明らかとなった。
・本研究の知見は、認知予備能の視点から認知症やアルツハイマー病、高齢者の認知機能の改善の神経機構解明に重要である。
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