医療従事者・研究者用ノート

立ち上がり動作時の異なる感覚入力が筋シナジーに与える影響

立ち上がり動作は日常生活動作の最も基本的な動作の1つです。立ち上がり動作の研究では、高齢者は視覚を遮断すると前方への重心移動速度が低下することや立ち上がりが困難な人は可能な人と比較して床反力が異なることがわかっています。

一方で立ち上がり動作の筋シナジーは4つで構成されていることが明らかになっています。

本日は、立ち上がり動作において異なる感覚入力条件が筋シナジーに及ぼす影響について調べた研究を紹介します。

タイトル:Visual and vestibular inputs affect muscle synergies responsible for body extension and stabilization in sit-to-stand motion.

著者:Yoshida K, An Q, Yozu A, Chiba R, Takakusaki K, Yamakawa H, Tamura Y et al.

雑誌:Frontiers in Neuroscience. 2019;13:1-12.

研究の背景

立ち上がり動作は日常生活の基本的な動作です。立ち上がり動作が困難になると歩行やその後の動作が困難となりQOLの低下につながります。立ち上がり動作が困難な原因として様々な要因がありますが、特に筋力や感覚の低下が挙げられます。特に視覚、前庭、感覚、バランス機能は加齢とともに変化することが以前から知られています1)

ヒトの立ち上がり動作は多くの研究があります。立ち上がり動作では、運動速度に関連する視覚入力などの感覚情報の影響を受けていること2)や高齢者では視覚を遮断すると前方への重心移動速度が低下すること3)、立ち上がり動作が可能な人と不可能な人では、垂直方向への床反力が異なること4)が報告されています。

一方で、ヒトはすべての筋を個別に制御するのではなく、いくつかのグループを制御するという考え方が一般的になっており、これは「筋シナジー」と呼ばれています。立ち上がり動作の筋シナジーは4つで構成されていることが明らかになっており5)、これらの筋シナジーの活性化は年齢によって異なることが報告されています 6)。また、筋シナジーはフィードフォワードとフィードバックによって制御されていることも報告されています7)

しかし、立ち上がり動作において感覚入力の影響が筋シナジーに及ぼす影響については明らかではありません。

本研究では、視覚と前庭に着目し、これらの感覚入力が立ち上がり動作における筋シナジーに及ぼす影響について調べました。

方法

・被験者は健常者7名を対象とした。

・7名には3つの条件(コントロール条件、視覚障害条件、前庭障害条件)で立ち上がり動作を実施した。

・視覚障害条件では、凸レンズメガネを装着した状態で暗室で立ち上がり動作を実施した。前庭障害条件では、カロリック刺激を実施した。

・筋電図は以下の16個を両側(合計32筋)測定した。

前脛骨筋(TA)、外側腓腹筋(GAL)、内側腓腹筋(GAM)、ヒラメ筋(SOL)、腓骨筋(PER)、大腿直筋(RF)、外側広筋(VL)、内側広筋(VM)、大腿二頭筋長頭(BFL)、半腱様筋(SEMI)、大殿筋(GMA)、中殿筋(GMD)、腹直筋(RA)、外腹斜筋(EO)、脊柱起立筋(ES)、僧帽筋(TRAP)

結果

・図1は3つの条件(コントロール条件、視覚障害条件、前庭障害条件)での筋シナジーの空間パターンを示しています。3つの条件で4つの筋シナジーが確認されました。

図1

筋シナジー1では、体幹前傾させるために腹直筋と外腹斜筋が主に活動しています。

筋シナジー2では、前脛骨筋が活動することにより足関節が背屈し、大腿直筋、外側広筋、内側広筋が活動し、膝関節の伸展に寄与します。

筋シナジー3では、外側広筋、内側広筋、大腿二頭筋、半腱様筋、大殿筋、中殿筋、脊柱起立筋が活動し、膝関節、股関節、腰部の伸展に寄与します。

筋シナジー4では、外側腓腹筋、内側腓腹筋、ヒラメ筋、腓骨筋、大殿筋、中殿筋が活動し、足関節を底屈させ、股関節伸展に寄与します。

・図2は立ち上がりを4相に分けて示しています。

図2

筋シナジー1と2は第1相と第2相で活性化されていました。

筋シナジー3は第2相と第3相で活性化されていました。

筋シナジー4は第3相と第4相で活性化されていました。

しかし、筋シナジー2の前庭障害条件では、第3相と第4相で視覚障害条件より左側で有意に活動が高くなっていました。

また、筋シナジー4の視覚障害条件では、第4相でコントロール条件と比較して、両側で有意に活動が高くなっていました(図3)。

図3

・図4は各相の持続時間を示しています。

図4

第2相と第3相の前庭障害条件では、視覚障害条件と比較して持続時間が有意に長くなっていました。

まとめ

・本研究ではヒトの立ち上がり動作において異なる感覚入力条件(今回は視覚と前庭)が筋シナジーに及ぼす影響について調べた。

・視覚入力と前庭感覚入力の機能が低下しているにも関わらず、4つのコントロール条件と類似した空間パターンの筋シナジーが確認された。一方で視覚入力と前庭入力の違いによって、筋シナジーの時間的構造が変化することが明らかになった。

・立ち上がり動作の第3相までは視覚入力にあまり依存しないことが示唆された。しかし、第4相での姿勢の安定化には視覚入力が必要であり、視覚入力がないとより大きな筋シナジーの活性化が必要であることが示唆された。

・一方で前庭入力は第2、3相の垂直方向への移動に最も寄与していることが示唆された。

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参考文献

  1. Lord, S. R., and Ward, J. A. (1994). Age-associated differences in sensori-motor function and balance in community dwelling women. Age Ageing 23, 452–460.
  2. Lord, S. R., Murray, S. M., Chapman, K., Munro, B., and Tiedemann, A. (2002). Sit- to-stand performance depends on sensation, speed, balance, and psychological status in addition to strength in older people. J. Gerontol. A Biol. Sci. Med. Sci. 57, M539–M543.
  3. Mourey, F., Grishin, A., D’Athis, P., Pozzo, T., and Stapley, P. (2000). Standing up from a chair as a dynamic equilibrium task: a comparison between young and elderly subjects. J. Gerontol. A Biol. Sci. Med. Sci. 55, B425–B431.
  4. Cheng, Y.-Y., Wei, S.-H., Chen, P.-Y., Tsai, M.-W., Cheng, I.-C., Liu, D.-H., et al. (2014). Can sit-to-stand lower limb muscle power predict fall status? Gait Posture 40, 403–407.
  5. An, Q., Ishikawa, Y., Aoi, S., Funato, T., Oka, H., Yamakawa, H., et al. (2015). “Analysis ofmuscle synergy contribution on human standing-up motion using a neuro-musculoskeletal model,” in Proceedings – IEEE International Conference on Robotics and Automation (IEEE) (Seattle, WA).
  6. Yang, N., An, Q., Yamakawa, H., Tamura, Y., Yamashita, A., and Asama, H. (2017). Muscle synergy structure using different strategies in human standing-up motion. Adv. Robot. 31, 40–54.
  7. Cheung, V. C. K., D’Avella, A., Tresch, M. C., and Bizzi, E. (2005). Central and sensory contributions to the activation and organization of muscle synergies during natural motor behaviors. J. Neurosci. 25, 6419–6434.

投稿者

kengo.brain.science@gmail.com

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心室周期

2020年9月8日