
脳卒中急性期の神経機構
本日は、脳卒中後の急性期において非損傷半球の頭頂間溝が麻痺側手指の機能回復に重要である可能性を示した論文を紹介します。
タイトル:Connectivity-Related Roles of Contralesional Brain Regions for Motor Performance Early after Stroke.
著者:Hensel L, Tscherpel C, Freytag J, Ritter S, Rehme AK, Volz LJ, et al.
雑誌:Cerebral Cortex. 2020:1-15.
研究の背景
脳卒中後の脳の局所的病変は損傷を受けた半球や領域だけでなく、解剖学的に線維連絡している領域も一時的に脳血流が低下し、機能が低下する現象が見られる1,2)。これは、Monakow1)らによって、diaschisis(遠隔障害または機能乖離)と名付けられた。
一方で脳血流が増加し、過活動を起こしている領域もある。麻痺側の手を動かすと非損傷半球の前頭-頭頂ネットワークの領域、特に一次運動野、背外側運動前野、頭頂間溝(前方)の活動が発症後数日以内に増加することが報告されている3,4,5)。この原因については、さまざまな議論がある。1つは、非損傷半球が損傷半球の機能を補い、運動回復を助ける働きがある6)。もう一方は対照的に、損傷半球から非損傷半球への抑制性出力が低下するため、非損傷半球からの半球間抑制が増加する。これは運動回復を阻害する可能性が報告されている7,8)。
しかし、急性期において損傷半球および非損傷半球の一次運動野、背外側運動前野、頭頂間溝(前方)の相互作用は明らかでない。
本研究では、脳卒中後10日以内のタッピング課題における一次運動野、背外側運動前野、頭頂間溝(前方)の相互作用をfMRIとTMSを用いて検証した。
方法
・被験者は軽度から中等度の脳卒中片麻痺患者13名(男性11名、平均年齢65.7±11.7歳、発症後4.5±2.6日)と健常者13名(男性10名、平均年齢66.2±8.0歳)であった。
・MR撮像は3Tの装置を使用した。MRIデータを用いて、左右の一次運動野、背外側運動前野、頭頂間溝(前方)間の相互作用を解析した。
・TMSは図1の実験デザインで非損傷半球の一次運動野、背外側運動前野、頭頂間溝(前方)を抑制させるrepetitive TMS (rTMS)を実施し、その時の麻痺側のタッピング課題を3D運動解析システム(3D ultrasound-based motion analyzer system (CMS 20, Zebris Medical GmbH, Isny, Germany))を用いて測定した。

結果
・図2は、健常者と患者のタッピング課題中の脳活動を示しています。

健常者も患者もタッピングしている手指とは対側半球の活動が認められたが、患者ではタッピングしている手指と同側(非損傷側)にも広範囲な活動が認められた。
・図3はタッピングによる左右の一次運動野、背外側運動前野、頭頂間溝(前方)間の相互作用を示しています。

健常者ではタッピングに関与している一次運動野から対側の一次運動野に抑制に影響していることが明らかになったが、患者では認められなかった。
・図4はタッピング中に非損傷半球に対するrTMS(抑制)の効果を領域別に健常者と患者で比較しています。

非損傷半球の頭頂間溝にrTMSを実施し、頭頂間溝の活動を抑制した場合、健常者ではタッピングパフォーマンスに変化がなかったのに対して、患者では、タッピング振幅が大きくなることがわかった。つまり、非損傷半球の頭頂間溝を抑制することで、タッピング速度と振幅が改善することが明らかになった。さらに、非損傷半球の頭頂間溝を抑制させることで、対側の一次運動野に影響を及ぼし、対側の一次運動野から同側の一次運動野に影響を及ぼすことが示唆された(図5)。

まとめ
・本研究は、脳卒中の急性期における両側の一次運動野、背外側運動前野、頭頂間溝の相互作用を調べることである。
・患者の麻痺側でのタッピング課題時に健常者と比較して、非損傷半球の活動が認められた。また、rTMSを用いて非損傷半球の頭頂間溝を抑制すると麻痺側のタッピングパフォーマンスが改善した。
・この結果は、脳卒中後の非損傷半球の活動は損傷半球の機能を補うのもではなく、運動回復を阻害する可能性を示しており、半球間抑制の仮説と一致した。
・ネットワーク解析に結果、非損傷側の頭頂間溝は麻痺側を制御している一次運動野を含む運動関連領域に作用していることが明らかになった。頭頂間溝の前方(AIP)は手指の運動中に自己と他者の表象を統合することが報告されている9)。急性期の脳卒中患者の運動ネットワークへの影響は、頭頂間溝を介した統合が新たな運動障害に十分に適応できていない可能性があるため、患者の運動能力を抑制(制限)している可能性が示唆される。
・これらの知見から、脳卒中後の急性期の運動関連領域の機能回復には、非損傷半球の頭頂間溝が関係している可能性が示唆される。そのため、非損傷半球の頭頂間溝をターゲットとして、rTMSなどを用いた研究が今後は考えられる。
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参考文献
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