医療従事者・研究者用ノート

パーキンソン病の脳内ネットワーク解析の新たな方法

本日は、これまで用いられてきた脳内ネットワーク解析とは異なり、新しいネットワーク解析である反対称遅延相関を用いて解析する方法でパーキンソン病のネットワークを調べた論文を紹介します。

タイトル:Directed Brain Connectivity Identifies Widespread Functional Network Abnormalities in Parkinson’s Disease.

著者:Mijalkov M, Volpe G, Pereira JB.

雑誌:Cerebral Cortex.2021:00:1-15.

背景

パーキンソン病は記憶障害、遂行障害、視空間障害、嗅覚障害などの広範囲な運動症状および非運動症状を特徴とする複雑な神経変性疾患である。パーキンソン病で生じる脳の変化は単一の脳領域ではなく、多くの領域またはネットワークの機能的結合の変化に起因することが示唆されている1)

機能的結合の変化により運動症状および非運動症状が生じることがいくつかの研究から明らかになっている。特に、基底核-視床皮質ネットワークの機能的結合の異常は運動症状と関連している2,3)。一方でデフォルトモード、背側注意経路、前頭-頭頂ネットーワーク、サリエンシーネットワークはパーキンソン病の認知障害と相関することが明らかになっている4,5,6)

ここ数年、機能的MRIを用いてコネクトームを評価する。コネクトームとは脳内の機能的結合をまとめた全脳ネットワークのことである。このネットワークは、機能的結合の強さを表すエッジと脳領域を表すノードで構成される。このネットワークはグラフ理論を用いて様々な計算(全体効率、局所効率、クラスタリング係数、モジュラリティなど)で分析できる。

これらの分析によりパーキンソン病では、前頭前野、補足運動野、線条体、視床のネットワークに変化が認められ、臨床的指標と関連していることが示されている7,8)。しかし、これらの解析手法はまだ確率されておらず、特に神経変性疾患における機能的変化を評価するための適応は確立されていない9)。これまでの研究では、脳の活性化には因果関係があり、ある領域で発生した信号が他の領域に伝播することがわかっているにもかかわらず、同時に活動していると仮定している。

この問題を解決するために、本研究ではパーキンソン病患者と健常者の全脳の機能的結合を用いて、因果関係を捉えることができる反対称遅延相関を用いて新しい解析方法を開発する。

方法

・活性化信号は、通常、ある領域で生成された後、他の領域に伝播する10)。そのため、様々な領域の活性化にはラグが生じる。このような時間的な遅れは例えば、脳領域の空間的な分布やそれらの領域間の伝播速度によっても生じる11)。したがってこの複雑な時間遅延の情報を捕捉することは断続的な結合性の特性を得るために必要である。

・図1は5つの脳領域とその活動の時系列について機能的結合を算出するために用いる様々な方法を示している。遅延相関は2つの領域間の双方向の接続を評価する。

図1

Lagged Correlation

全てのノードのペアに対して計算を繰り返すことで遅延相関ネットワークを得る方法。

Antisymmetric and Symmetric Correlations

非対称的な相関は2つの領域間のあらゆる相関を隣接行列で表し、その影響の方向と大きさの両方を表します。

対称的な相関は方向についての情報は示さず、大きさの合計を示す。

Zero-Lag Correlation

ゼロラグ相関法では、2つのノードとそれぞれの活動時系列間の機能的結合はラグが0の時のピアソンの相関係数によって定量化される。ネットワーク内の全てのノードのペア間のピアソン係数を計算することによって構築される。

Granger Causality

Granger因果関係は、Seth (2010)12)に記載されている “Granger causal connectivity analysis “ツールボックスを用いて評価した。

ある時系列が別の時系列の予測に役立つかどうかを判断するための統計的仮説検定の1つ。通常の回帰は単なる相関関係を反映するものであるが、これはある時系列の過去の値が別の時系列の将来の値を予測する能力を測定することにより因果関係を検証できると主張している方法である。

被験者

パーキンソン病患者の参加条件は以下であった

・パーキンソン病の診断基準を満し、2年以内に診断された者

・ステージIまたはⅡの者

・DaTSCAN画像でドーパミントランスポーター欠損がある

健常者の参加条件は以下であった

・神経学的機能障害がない

・親族にパーキンソン病患者がいない

・MoCAスコアが26点以上

結果

パーキンソン病では、楔前部、視床、小脳の結合性パターンが運動障害、遂行機能障害、記憶障害と関連していることがわかった(詳しい図は原著をご覧ください)。

まとめ

・本研究では脳領域の活性化の時間的遅延の情報を利用して機能的結合を解析する新しい手法を開発した。

・脳の活性化信号の方向性には、他の方法では得られない独自の情報が含まれており、パーキンソン病における機能的ネットワークの変化を示す新たなマーカーとして利用できる。

参考文献

  1. Pievani M, de Haan W,Wu T, Seeley WW, Frisoni GB. 2011. Functional network disruption in the degenerative dementias. Lancet Neurol. 10:829–843.
  2. Baudrexel S, Witte T, Seifried C, von Wegner F, Beissner F, Klein JC, Steinmetz H, Deich-mann R, Roeper J, Hilker R. 2011. Resting state fMRI reveals increased subthalamic nucleus– motor cortex connectivity in Parkinson’s disease. NeuroImage. 55:1728–1738.
  3. Helmich RC, Derikx LC, Bakker M, Scheeringa R, Bloem BR, Toni I. 2010. Spatial remapping of cortico-striatal connectivity in Parkinson’s disease. Cereb Cortex. 20:1175–1186.
  4. Baggio HC, Segura B, Junqué C. 2015b. Resting-state functional brain networks in Parkinson’s disease. CNS Neurosci Ther. 21:793–801.
  5. Putcha D, Ross RS, Cronin-Golomb A, Janes AC, Stern CE. 2015. Altered intrinsic functional coupling between core neu- rocognitive networks in Parkinson’s disease. NeuroImage Clin. 7:449–455. Raatikainen.
  6. Gao L, Wu T. 2016. The study of brain functional connectivity in Parkinson’s disease. Transl Neurodegener. 5:18.
  7. Lopes R, Delmaire C, Defebvre L, Moonen AJ, Duits AA, Hofman P, Leentjens AF, Dujardin K. 2017. Cognitive phenotypes in Parkinson’s disease differ in terms of brain-network organization and connectivity. Hum Brain Mapp. 38:1604–1621.
  8. Sreenivasan K, Mishra V, Bird C, Zhuang X, Yang Z, Cordes D, Walsh RR. 2019. Altered functional network topology correlates with clinical measures in very early-stage, drug-naïve Parkinson’s disease. Parkinsonism Relat Disord. 62:3–9.
  9. Frässle S, Manjaly ZM,Do CT, Kasper L, Pruessmann KP, Stephan KE. 2021. Whole-brain estimates of directed connectivity for human connectomics. NeuroImage. 225:117491.
  10. Hammond C. 2015. Chapter 13—Somato-dendritic processing of postsynaptic potentials I: passive properties of dendrites. In: Cellular and molecular neurophysiology. 4th ed. Boston: Aca- demic Press, 285–292.
  11. Deco G, Jirsa V, McIntosh AR, Sporns O, Kötter R. 2009. Key role of coupling, delay, and noise in resting brain fluctuations. Proc Natl Acad Sci U S A. 106:10302–10307.
  12. Seth AK. 2010. A MATLAB toolbox for Granger causal connectiv- ity analysis. J Neurosci Methods. 186:262–273.

投稿者

kengo.brain.science@gmail.com

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