
右半球の機能とその障害 -感情と注意の関係-
本日は右半球の機能とその障害についてレビューした論文を紹介します。
タイトル:Emotion‐attention interaction in the right hemisphere
著者:Hartikainen KM
雑誌:Brain sciences. 2021:11:8
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8394055/
背景
半球の非対称性は広く研究されており、神経心理学および神経画像学的にも感情や注意の処理は右半球が主であることが多く報告されている。感情と注意は複雑な関係にあり、注意はその時点で最も関連性の高い事象を選択して処理している。刺激に依存するボトムアップ的なメカニズムと目的に依存するトップダウン的なメカニズムの両方が注意の競争を偏らせている。このような注意の競争においては、感情的な刺激、特に脅威などの生存に関連する刺激が優先されることが明らかになっている1)。例えば、初期の視覚処理を担う後頭葉で優位に立った刺激は、高次の認知処理に関わる頭頂葉や前頭葉においても優位に立つ2)。生き残るためには、脅威に関する感情刺激の対象物や空間的な位置に瞬時に注意を向け、危険を最小限に抑えるための適応行動を迅速に行うことができる神経メカニズムが必要である。このように感情と注意の相互作用の基盤となるような神経メカニズムが右半球内の密接な解剖学的相互関係によって支えられている。
ある感情刺激に注意を集めると、同じ処理を必要とする他の刺激が一時的に処理できなくなる3)。その結果、進行中の課題パフォーマンスに干渉が生じる可能性があり、特に脅威に関連する刺激に優先的に割り当てられる右半球の処理に依存する課題では著名である。多くの研究が右半球側にある感情処理や注意処理を支持しているが、右半球内の感情-注意の相互作用が他の右半球側にある認知処理にどのような影響を与えているかを調べた研究はない。
そこで本レビューの目的は、右半球側にある感情-注意の相互作用についての洞察を提供する研究と根拠を示すことである。
右半球の病変
韻律とその他の感情障害
右半球損傷は、理解や韻律(発話において現れる音声学的性質)の生成に障害が生じることが知られている4,5)。右半球の脳領域に損傷があると運動障害、感覚障害、全体的な非対称性が生じ、さまざまなタイプの失語症で左半球損傷時に見られるものと同じになる6)。言い換えれば、左半球の言語理解と発話を司る領域は、右半球の韻律の理解と生成を司る領域に対応している。しかし、右半球損傷による感情処理の障害は、韻律に限らず、感情表現の知覚と評価7)、ジェスチャーの表現が描かれた文章の理解8)など、幅広い感情機能を含んでいる。そのため、右半球損傷患者では顔面、韻律、語彙の感情知覚が困難である9)。
病態失認と半側空間無視
右半球損傷では、患者が自分の障害(例えば、片麻痺など)に気づかない病態失認を引き起こすことがある。病態失認の患者は、重度の片麻痺でさえ気づかないことがあり、感情的に無関心であることもある10)。
右半球損傷で高頻度で出現する疾患とし半側空間無視がある。半側空間無視は、損傷半球と反対側の空間の刺激に対する反応の低下や欠如がみられ、それらは感覚障害や運動障害では説明がつかない病態である11)。出現率は、右半球損傷の50-70%の患者に出現し、3か月後も17%の患者で無視症状が残存すると報告されている12)。また,左半球損傷の30%の患者で出現するが,左半球損傷の場合は急性期のみで維持期までは残存しないと報告されている13)。半側空間無視の原因として、ネットワークの失調であることが最も有力な説である14)。右腹側注意経路の損傷によって同側の背側注意経路の機能的結合が低下し、対側の背側注意経路の機能的結合が増加することで左右半球間の不均衡が生じるという仮説を提唱している14)。
覚醒の低下
右半球は注意の優位性に加えて、覚醒における優位性が示唆されている。無関心は、感情的な無関心や覚醒の低下に伴うものがあり、注意や感情だけでなく覚醒度においても右半球が特別な役割を果たしていることが報告されている15)。右半球損傷は、ガルバニック皮膚反応(皮膚の電気伝導度を測定する方法)などの自律神経系の測定値に反映される覚醒度の低下が生じることが多く報告されている16,17)。
右側頭-頭頂接合部と右眼窩前頭皮質
右側頭-頭頂接合部(TPJ)を含む腹側注意システムは、顕著な刺激やターゲットへの注意のシフトに関与している18)。感情刺激、特にヘビやクモなどは生存に関係する恐怖や脅威に関連する刺激であるため本質的に顕著な刺激である。
逆に、TPJはポジティブな感情によっても活性化され、ポジティブな感情と結びついた情動的な覚醒にも関与している19)。また、TPJは社会性においても重要な役割を果たしており、他者との注意の共有20)や他者の感情の理解21)など感情コミュニケーションの中心的なハブであることが示唆されている。特に親と乳児間の非言語的コミュニケーションにおいては重要となる領域である22)。そのため、右TPJは愛着にも関与していると考えられている。
愛着に関してもう1つ重要な領域が右眼窩前頭皮質(OFC)である。右OFCは泣いている子供をあやすことや泣いている子供への注意の割り当てに関与することが報告されている23)。このように右TPJと右OFCは非言語的な情動情報の検出を支える重要なハブであると考えられている。
まとめ
・本レビュー論文は右半球が注意と感情に特別な役割を果たしていることを示す論文を集め、論文著者がまとめた(原著にはまだ多くの情報があります)。
・右半球における感情と注意・知覚・運動機能との正常な相互作用を理解することは、さまざまな神経精神疾患、神経発達障害、神経変性疾患におけるこれらの相互作用の変化をよりよく理解するために重要である。
参考文献
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